お味はいかが
マツダセイウチ
第1話
人里離れた山の奥。紅葉と常緑樹が入り交じり、遠目に美しいモザイク模様を作っていた。この山の中に、知る人ぞ知るレストランがあった。今日は初のテレビ取材の日で、レストランの前には自然豊かなこの場所には不釣り合いな、機材の山とと車の群れがあり、その中でテレビクルーが撮影の準備を進めていた。
あえて山登りの服装をした女性リポーターが、マイクを片手にカメラに向かってにっこり笑顔を作って話し始めた。
「テレビの前の皆様、グルメコーナー『シルブプレ』のお時間がやってまいりました。本日は知る人ぞ知る、絶品隠れ家レストランをご紹介したいと思います」
リポーターがすぐ後ろのログハウス風の建物を手で指し示した。カメラが切り替わり、建物全体の外観を余すことなく映した。
「こちらのレストラン『ピーターソン』はジビエ料理が美味しいと評判で、地元の方のみならず全国からお客様がやってくるそうです。私、ジビエ料理は初めて食べますが一体どんなお味なんでしょうか。早速中に入っていきたいと思います」
店に向かうリポーターの後ろから撮影班が続く。
重厚そうな木のドアを開けると、中は木の温もりで溢れる内装となっていた。リポーターは店内をぐるっと見渡してからカメラに向かって感嘆のセリフを述べた。
「まあ可愛らしい。外国の絵本の中に入ったみたいです」
リポーターの声を聞いて、キッチンの奥からコック姿の若い女性が出迎えにやってきた。
「いらっしゃいませ。『ピーターソン』にようこそ」
リポーターは手でコック姿の女性を指し示して紹介した。
「こちらはシェフ兼オーナーの水田かおるさんです。レストランはお一人で経営されているんですか?」
かおるは笑顔で頷いて答えた。
「はい、経営も調理も食材の仕入れもすべて私がやっております。ジビエ料理に使う鹿や猪も私が自分で捕ってきたものを使っています」
リポーターは大仰に目を見張ってみせた。
「こんな可愛らしい方が鹿や猪を捕まえるなんて驚きです。ますますお料理が楽しみですね」
「ありがとうございます。ご注文は何にしますか」
「では名物だと伺っている『本日のジビエ』でお願いします」
「畏まりました。少々お待ち下さい」
注文をとり、かおるは調理のため厨房に戻っていった。
カメラは一旦カットし、撮影班は料理が出来るまで機材や録画の内容の確認作業に入った。リポーターも台本を手に取材の段取りをもう一度確認した。
フロアに肉の焼ける香ばしい匂いが漂いだした。しばらくして、かおるがワゴンに料理を乗せて現れた。
「お待たせ致しました。『本日のジビエ』でございます。本日は今朝捕ったばかりの山鳥のバターソテーです。」
白い陶器の皿の中央で、こんがりと焼けた山鳥が湯気を立てている。黄金色のバターソースが山鳥にたっぷりかけられていて、山鳥をツヤツヤと輝かせていた。その周りには彩り豊かな野菜が並び、華を添えている。
「うわあすごく美味しそうですね。盛り付けもとっても綺麗です。お料理はどちらで学ばれたのですか」
「ありがとうございます。15歳でフランスに留学して『バッティスト』というレストランで修行しました。その後ジビエ料理店でコックをやらせて頂いて、ジビエ料理はその店のオーナーに教わりました」
リポーターはオーバーに仰け反って目を見開いてみせた。
「『バッティスト』って有名な三ツ星高級レストランですよね。すごい!このセンス溢れる盛り付けも納得です。では頂いてもよろしいでしょうか」
「どうぞ」
フォークとナイフを手に取り、リポーターが肉を一切れ口に運んだ。かおるは緊張気味にその様子を見つめていた。
リポーターは肉を咀嚼し、目を瞑って恍惚の表情を見せた。
「バターがとっても香り高くて、シンプルながら奥深い味わいです。素材の素晴らしさが引き立ってます。お肉も臭みが一切なくて噛めば噛むほど旨味が出てきますね。ジビエって癖が強いイメージでしたけど全然違いました。むしろ今まで食べた鶏肉で一番美味しいです!」
リポーターの大絶賛を受けて、かおるはやや誇らしげに料理の解説をした。
「素材の良さを存分に活かすため、味付けは究極にシンプルにしました。バターは北海道の酪農家と契約して特別に作ったものを使用しています」
優秀なリポーターは付け合わせの野菜の感想も忘れず述べた。
「付け合わせのお野菜も良いですね。特にこのにんじん!果物みたいに甘いです。色も鮮やかで新鮮なのが一目で分かります」
「野菜は地元の農家の方にお願いして採れたてのものを毎日届けて貰っています。ここの野菜の美味しさに感動してレストランをここに開いたんです」
リポーターはうんうんと頷きながら答えた。
「確かにその価値はありますね。今日はお時間の都合で1品のみの紹介ですが、他にオススメのメニューはありますか?」
「『鹿肉のロースト』と『猪肉のスープカレー』ですね。この2つはジビエ特有のアクの強さを感じさせないよう、何度も試行錯誤して作った自信作です」
「うわ、それも気になります。絶対に美味しいですよ。テレビの前の皆様、お越しの際はぜひ、注文して下さいね。以上、『シルブプレ』でしたー」
リポーターがカメラに向かってバイバイと手を振った。そこでカットの声が掛かり、撮影は無事終了した。
引き上げの準備に終われるテレビクルーの間を縫って、リポーターがかおるに近付いてきた。
「本日はお忙しい中、取材にご協力頂きありがとうございました」
「いえいえ、こちらこそ。沢山褒めて頂いて嬉しかったです」
リポーターは声を潜めてかおるにいたずらっぽくこう言った。
「ここだけの話、取材で行って出されたお料理があんまり美味しくないことって良くあるんですけど、『ピーターソン』のお料理は本当に美味しくて感動しちゃいました。プライベートでも絶対来ます」
かおるはにっこりして頷いた。
「ぜひぜひ。お待ちしてます」
片付けを終え、リポーターとテレビクルーは『ピーターソン』を後にした。かおりは店の片付けと明日の仕込みに取りかかることにした。
仕込みを終えて家に戻ったかおるは、休む間もなく新メニューの開発に取りかかった。
キッチンのカウンターには食材を入れたガラス瓶がズラリと並んでいる。中には山で捕ってきた様々な昆虫が種類ごとに分けて入れてある。
瓶の中でカサカサキーキーと虫は鳴いていたが、構うことなくかおるはカナブンの入ったビンを開け、数匹をザルに移した。水洗いしたのち、生きたままフライの衣をつけ、熱した油に放り込んだ。衣がきつね色になったらカナブンのフライの完成だ。器に盛り、テーブルに運んで試食してみた。
うん、悪くない。ただ羽の辺りが固すぎる。足も固くて食べにくい。下処理で取ったほうが良さそうだが、見栄えは悪くなる。さてどうしようか。
フライだけでは足りないのでご飯を追加し、店で余った食材を使って簡単に野菜と肉の炒め物を作って食べた。
慣れないテレビ取材で疲れたので新メニュー開発はお仕舞いにして今日はもう寝ることにした。
風呂場に行って念入りに身体を洗い、湯船にじっくり浸かって汚れと疲れをおとす。髪を乾かし、お気に入りのアニマル総柄パジャマに着替えてベッドに潜り込んだ。
明日は開店前に山に行って食材を調達しなければ。動物達と森で駆け回る想像をしながらかおるは眠りについた。
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