第4話

『ピーターソン』に着いた時、辺りはすっかり暗くなっていた。

 かおるは青年を室内へ案内し、適当に椅子に座らせた。戸棚から救急箱を持ってきて額の傷の手当てをしてやった。青年はその間ずっとされるがままになっていた。


「これでよし…と。とりあえず止血と消毒をしてガーゼ貼っておきました。多分大丈夫だと思いますけど、頭打ってるんで明日病院で診てもらってください」

「ありがとうございます」

 椅子に座ったまま、青年は深々と頭を下げた。それを手で制してかおるは言った。


「私、有りものでご飯済ませようと思うんですけど、貴方も一緒に食べますか?」

 唐突な提案に、青年は戸惑った顔をしながらも、特に断る理由もなかったので

「はあ、じゃあお願いします」

 とかおるに頼んだ。


 かおるは冷蔵庫を物色し、余ったベシャメルソースと付け合わせの野菜を取り出した。2人分くらいは有りそうだ。これでグラタンを作ることにした。

野菜をオーブン皿に敷き詰め、ベシャメルソースをかけ、上からナチュラルチーズを乗せる。あとは余熱したオーブンで15分ほど焼けば彩り野菜のグラタンの完成だ。スープも欲しいと思ったので作り置きのコンソメスープを2人分鍋に移してコンロで温めた。熱々のグラタンとスープをワゴンに乗せて男性の待つテーブルまで運んだ。


「お待たせしました。さあ食べましょう」

「すごい。本格的ですね」

 青年が驚いているのを見て、かおるは得意気な顔をした。

「一応シェフなんで」

 かおるに進められ、青年はあまり気乗りしない様子でグラタンに手をつけたが、一口食べてその美味しさに驚いてこう言った。

「美味しい。有りもので作ったなんて信じられないです。流石プロだ」

青年の素直な賛辞に、かおるはニコッと笑ってみせた。

「ありがとう。ところでどうして自殺なんてしようとしていたんですか」

 青年は急に俯いて、

「別に…なんだか生きていても辛いことだけだなって思って。今まで頑張ってきたけど急にもう良いや、死のうってなって会社も辞めてここに来ました」

 と口ごもりながら言った。かおるはグラタンをふーふーと冷ましながら、

「そうだったんですか。でも貴方が死んだら悲しむ人がいるでしょう」

 とありきたりな慰めを言った。青年は悲しそうに首を振った。

「そんな人いないです。僕、身寄りもないし。友達も恋人もいないし。会社だって辞めちゃえばそれっきりだし。アパートも引き払ったから今僕が死んだって誰も気付きませんよ」


 かおるはふと、まだ人間は調理したことがないな、と思った。肉には違いない。一体どんな味がするのだろう。


「でもこんな綺麗な人に助けて貰えて、夕飯までご馳走になるなんて思ってませんでした。なんかちょっと生きる気力が湧いてきちゃったなー…なんて」

 頬を赤らめながら頭を掻いている青年を前に、かおるは人肉を使った料理について考えを巡らしていた。目の前の青年はそのアイディアを実行するのにうってつけの存在に思えてきた。


 誰も探しにこない人間なら仕留めても構わないだろう。今日は獲物も捕れなかったことだし。


 かおるは微笑んで青年に提案した。

「そうだ。デザートもあったんだった。それも食べますか?」

「えっ良いんですか」

 かおるは微笑んで頷いた。

「ええ。どうせ余り物だし、今日食べなければ捨てちゃおうと思ってたものなんで遠慮しなくて良いですよ」

「じゃあお言葉に甘えて。すみません色々と」

「今持ってくるんで、待っててください」


 かおるは厨房に戻ると、青年に気付かれないよう裏口から外に出た。店の正面に周り、車のトランクから猟銃を取り出した。銃を手に店の左手に回った。

 小さな窓から様子を伺うと、椅子に座った青年の後ろ姿が見えた。かおるは青年の頭部に狙いを定め、躊躇なく引き金を引いた。

 窓が割れる音と破裂音が炸裂した。室内を覗くと青年がテーブルに倒れかかっていた。どうやら成功したようだ。こんなに簡単な狩りは初めてだ、とかおるは思った。

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