第3話

 この日はレストランの定休日だった。

 早朝、かおるはレストランで使う肉を調達するため、山へ繰り出した。フレデリックがいた頃は猟犬を使っていたが、日本に帰ってきてからはかおるが1人で猟を行っていた。


 猪の足跡を発見したかおるは、猪に気取られないよう慎重に追跡した。

 猪に突進されると大袈裟ではなく自動車に轢かれるのと同じぐらいのダメージを負ってしまう。野生動物に比べると人間の身体は遥かにに脆い。


 暫くして、足跡の主とおぼしき猪を発見した。大きさは大型犬より一回り大きいくらいだ。かおりは藪の中から狙いを定めた。が、すぐに銃を下ろした。


 猪が寝床らしい木のウロに近付くと、中からうり坊が出てきたからだ。母と子供は殺してはならない。それがフレデリックの教えだった。

 猪は諦めて山を巡ったが、その日はろくな獲物に出会えなかった。


 まあそんな日もある。肉はストックがあるからしばらくは大丈夫だ。大分暗くなってきた。完全に夜になる前に戻らなくては。


 かおるがそう思ったとき、ボキッと何かが折れる音がした。そしてドサリと重たいものが落ちる音がした。かおるは俄に緊張した。


 何の音だろう。まさか熊だろうか。熊は料理したことないな。もし熊なら仕留めて料理に使おう。でも私1人で仕留められるだろうか。


 ピーターソンの最期を思い出し、一瞬ゾッとなった。が、すぐに気を取り直し、猟銃を構えながらゆっくりと音のしたほうへ近付いていく。

藪の方から人のうめき声が聞こえた。覗いてみると青年がうつ伏せになって木の根元に倒れていた。首に縄が付いていて、近くに大きな枝が落ちていた。

 状況から察するに、首吊り自殺をしようとして木に縄をかけたが、枝が折れて失敗したようだった。かおるは青年に声をかけた。


「そこの人!大丈夫ですか」


 青年は微かに声をあげた。近寄って見ると、額から出血していた。だが命に別状はなさそうだ。

 かおるは男性に近づき、肩を揺さぶった。青年は呻きながら手をついて上半身だけ起こした。


「ああ痛い…貴方は誰ですか。僕のことなら放っておいて下さい」

 かおるは首を振って答えた。

「そういう訳にはいきません。ダメですよ、自殺なんて。ここは私有地ですよ」

 青年はちょっと面食らった顔をして謝った。

「そうだったんですか。知らなくて…すみません」

青年の顔を覗き込み、かおるは言葉を続けた。

「おでこ、怪我してるみたいなんで手当てしましょう。近くに私のレストランがあります。そこに行きましょう。歩けますか」

青年はふらつきながら立ち上がった。

「はい…なんとか」

 足元が危なげなので、かおるは肩を貸した。

「すみません…僕なんかのために…」

「気にしないで。鹿に比べたら軽いものです」

それでも気の弱そうな青年は恐縮しっぱなしだった。


空はまだほんの少し日の光が残っていたが、森の中は夜の様相を呈していた。闇に追い付かれないようかおると男性はレストラン目指して山を下っていった。

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