第8話

 応接室は床は深緑の敷き込みの絨毯があり、その上にさらにペルシャ織の絨毯が敷かれていた。マホガニー製の揃いの机と緑のビロード張りのソファ、壁には備え付けの暖炉(本物ではなく電気で動くタイプのもの)があり、レストランのフロアと同様シックで贅沢な空間を演出していた。


「すごく素敵なお部屋ですね」

 かおるが褒めると、黒木は嬉しそうに微笑んだ。

「昔イギリスに住んでいたことがありまして、そこのマナーハウスを参考にインテリアを決めました。結構こだわって選んだんですよ」


 そう言いながら黒木は机の引き出しから一枚の書類を取り、かおるに差し出した。


「契約書です。こういうレストランですから、いろいろと規約が多くて申し訳ないんですが、良く目を通しておいてください」


 かおるは契約書を手に取り、注意深く読んだ。確かに内容は細かいが、要約すると「レストランの存在は他言無用」「食材及び入手ルートについては特に秘密厳守」「契約違反の場合どんな処罰も辞さない」といった内容だった。

 かおるは『ピーターソン』のことが気になって黒木に問いかけた。


「あのう、私のレストランはどうなるんでしょうか」

「ああ、『ピーターソン』ですか?申し訳ないんですけどそちらは閉店にして『ソニー&ビーン』に専念してください。掛け持ちにしてここの存在が公になるとやっかいなので。よろしいですよね」


 黒木の笑顔は貴方に選択肢はないはずだ、といっていた。もちろんかおるは選べる立場にないことを分かっていた。料理ができなくなるくらいならこんないかがわしいレストランでも料理人ができるほうが良い。かおるは契約書にサインをした。


 契約書を渡された黒木は、名前が合っているかしっかりと確認してから言った。

「ありがとうございます。これで貴方は『ソニー&ビーン』の料理人です。本格的に働くのは明日からにしましょう。今日は職場案内でもさせてください」

 契約書を引き出しに仕舞い、黒木はかおるに外に出るよう促した。かおるは廊下に出て、黒木は応接室の鍵を閉めた。


「では行きましょう。バックヤードはそんなに広くないんで、すぐ終わりますよ」


 バックヤードの床は白いリノリウムで出来ていて、年季は入っているが掃除が行き届いており清潔そうだった。黒木は男女のマークが着いたドアを指し示して言った。


「更衣室です。左が男性用、右が女性用です。水田さんのロッカーも後で作っておきます」


 そこを通りすぎ、しばらく歩くと何人かの人が話す声が聞こえてきた。

「ここが従業員用の休憩室です。自販機のドリンクは無料で飲み放題です」

 中は白い簡素な長机とスツールがあり、休憩中の従業員たちが寛いでいた。黒木の姿を見ると皆が顔を上げて挨拶した。

 

休憩室のすぐ近くの二つ並んだ扉があり、それが何なのかはかおるにもすぐ分かった。

「従業員用のトイレです。ここと向こうにもあって、全部で2ヵ所あります」

 黒木は律儀に案内し、またしばらく道なりに歩いた。かおるは左手に流し台のついた小部屋があるのに気づいた。かおるの視線を察して黒木は手短に説明した。

「一応給湯室もあります。さっきの応接室に来たお客様にお茶を出したりします。まあめったにありませんが」


 角を曲がると先程通った道が現れた。右手側にドアのない部屋の入り口が見えた。

「厨房です。さっきも来たので特に説明は不要ですね」

 厨房を通りすぎ、同じ並びにあったドアの前で立ち止まった。黒木はかおるを振り返って意味深に微笑んだ。


「ここが一番重要、食材庫です」


 ここだけは金属製の頑丈そうなドアが付いており、ドアの右横にカメラが埋め込まれていた。黒木がそこに顔を近づけると、ガチャンと言う音がしてドアの鍵が開いた。黒木は振り返って説明した。


「顔認証で鍵が開くようになっています。開けられるのは私と料理人だけです。それ以外の従業員は入れません」


 黒木はかおるを先に通した。中に入るともう1つドアがあった。ドアノブの上にナンバーキーがある。黒木はその中のボタンを4つ押し、ドアを開けた。


「ちょっと入るのに手間がかかるんですが許してください。さあ、中にどうぞ」


 黒木はかおるに先にに入るよう促した。部屋に入ったかおるの前に、思わず目を疑いたくなるような光景が広がっていた。

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