第7話
『STAFF ONLY』と書かれた銀の両開きドアを開けると、何人もの従業員が忙しなく動き回っていた。黒木が通るとあちこちから「お疲れ様です」の声が飛んで来た。黒木はそれに丁寧に応じつつ進んでいく。
「厨房はこっちです」
黒木は厨房の入り口を手で指し示した。
扉はなく、中に入ってみると銀色の大きな作業台があり、壁際にはコンロがズラリと並んでいた。料理人達がそれぞれ作業に追われている。その光景はかおるにフランスで修行していた時のことを思い出させた。黒木は奥にいた巨漢の男に声をかけ、手招きした。
「料理長、今度入る新人を連れてきたので紹介させてください」
料理長と呼ばれた男はは鍋を振っていた手を止め、ガスコンロの火を落とし肩を揺すりながら黒木とかおるの方へ近付いてきた。
「こちらは料理長の滝川です。『ソニー&ビーン』の料理はすべて滝川の采配に任せています。この道20年の大ベテランです」
料理人というより極道の幹部といったほうがしっくりくる容貌の料理長は、軽く会釈をして挨拶した。
「滝川です。どうぞよろしく」
黒木は続けざまにかおるの紹介に移った。
「こちらは新人の水田かおるさんです。山奥のレストランでスカウトしました。彼女には人肉を担当していただこうと思っています」
かおるはぺこりと頭を下げた。滝川は眉間に皺を寄せてかおるをジロリと見た。
「こんなお嬢さんに?大丈夫か?」
「水田さんは経験者ですから。彼女の人肉料理は素晴らしいですよ」
滝川は驚きと感心の入り交じった表情でかおるを見た。
「へえ、見かけに拠らないもんだね。人肉は皆やりたがらないから大助かりだよ」
その時、厨房の入り口からウェイターが顔を出して黒木に呼びかけた。
「黒木さん、九条院さまがお会いしたいそうですが」
「ああ、すぐ行きます」
簡潔に返答をし、二人に向き直って申し訳なさそうな顔でこう言った。
「常連のお客様がいらっしゃったようなので挨拶してきます。ちょっとここで待っていてもらえますか」
「はい」
返事をしたのはかおるだけで、滝川は無言で頷いただけだった。
黒木は足早に常連客の元へ向かった。黒木が遠ざかっていくのを確認して、滝川はかおるに話しかけてきた。
「水田さんだっけ?経験者ってのはあれか?人を殺したことがあるってことか?」
「はい。調理もしたことがあります」
「理由は?」
「ちょっとした好奇心です」
滝川は目を見張って軽くのけぞった。
「なかなかイカれてんな。俺も乱暴モンで色々と前科はあるが、まだ人を殺したことはないね」
厨房の入り口をチラッと確認してから、滝川は声を顰めてこう続けた。
「でもあの支配人はもっとイカれてるからマジで気をつけな、あんな紳士ぶってるけど何人殺したか知れねえって噂よ」
「本当ですか…」
かおる自身、黒木が一体どんな人物か計りかねていた。この上なく上品でエレガントな物腰の黒木が、なぜ極秘でゲテモノ(それこそ人肉を出すような)レストランを経営しているのだろう。単なる金儲けではないことは明らかだ。かおるの心中を察してか、滝川は憐憫の表情を浮かべてこう言った。
「とにかく逆らわないほうがいいぜ。あんたも気の毒な人だよ。自分のレストラン持ってたんだろ?あいつに見つかんなきゃこんな所で働かなくて済んだのに」
滝川は他にも何か言いたそうだったが、黒木が戻ってきたので話は中断した。
「お待たせしました。滝川さん、水田さんと話せましたか?」
先程の話などなかったかのように、平然とした態度で滝川は返事をした。
「ああ。たいした話は出来なかったがなかなか良い子そうだ。俺は気に入ったよ」
「それは良かったです。それでは今後の契約の話をしましょうか。応接室が空いてるので行きましょう」
かおるは滝川に軽く礼を言ってその場を後にした。滝川は微妙に心配そうな顔をしてバイバイと手を振った。そして今日のメインディッシュのソース作りに戻っていった。
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