第15話

 その日、『ソニー&ビーン』は珍しい食材を使った料理が出ると知らせを受けた客で賑わっていた。


 ステージではオーケストラがチャイコフスキーの組曲を演奏し、1曲終わる毎に拍手がフロアを満たした。

 前菜とスープを堪能し、いよいよメインディッシュが運ばれてくるとなって、黒木と滝川料理長が挨拶に出てきた。


 黒木は上等な黒いスーツに身を包み、にこやかに手を振りながら登場した。それとは対をなすように滝川の表情は暗く沈んでいた。


 マイクを手に黒木は客に語り出した。

「総支配人の黒木でございます。皆様、本日は『ソニー&ビーン』にお越し頂きまして誠にありがとうございます。メインディッシュの前にご挨拶と料理の解説をさせて下さいませ。その後はウィーンベルシュ交響楽団の皆様によるクラシックを引き続きお楽しみ下さい」

 客が大喜びで拍手した。それが収まってから黒木は続けた。


「本日は日頃ご愛顧下さるお客様のために特別な食材を使った、世にも珍しい料理をご用意致しました。内容について滝川料理長から説明がございます」

 黒木は滝川にマイクを手渡した。滝川は機械のように淡々と料理の説明をした。


「本日のメインディッシュは若い女性の肉を使ったポワレでございます。ソースにリンゴとミントを使い爽やかさを加えました。香ばしい肉とフルーティなソースのハーモニーをお楽しみ下さい」


 説明が終わると同時に、両開きのドアからワゴンに乗ったメインディッシュが登場し、フロアは客達の歓声に包まれた。


「何もここまでしなくて良かったんじゃねえのか」

 滝川が横の黒木だけに聞こえるようにぼそりと呟いた。黒木は平然として答えた。

「『ソニー&ビーン』の秘密を守るためには仕方のないことです。それに私が殺したんじゃありませんよ?見つけた時には彼女はすでに虫の息でした。肉も無駄にならずに済んで一石二鳥です」

 滝川は何か汚いものでも見たかのように鼻に皺を寄せた。

「俺も人をとやかく言える身分じゃないがね、あんたの悪趣味さは天下一品だよ」


 滝川の皮肉もどこ吹く風といった態度で黒木は再びマイクのスイッチを入れた。

「それでは素敵な肉の提供者である水田かおるさんにステージにお越し頂きましょう。どうぞ」


 黒木の合図を受けて、ステージは暗転した。

 スポットライトが輝く中、ウエイターが銀のワゴンにかおるの生首を乗せてステージに登場した。観客達は盛大な拍手を持ってかおるを迎えた。


「水田さんは生前、素晴らしい才能を持った料理人でしたが、色々ございまして今回のフルコースのメインとなっていただきました。天才シェフの名をほしいままにしていた彼女ですが、まさか自分が料理されることになるとは夢にも思わなかったでしょうね」

 黒木の悪質な冗談に、観客からは笑い声が漏れた。黒木は尚も続けた。

「頭部が欲しい方は差し上げますので、お近くのウエイターかウエイトレスにお申し付けください。希望者多数の場合は抽選とさせて頂きます。私の方からは以上になります。皆様心行くまでお食事をお楽しみ下さい」

 そう締め括り、黒木と滝川は一礼した。そして客の拍手と歓声を背に受けフロアを後にした。


「やはり若く美しい女性の肉となるとお客様の反応もすこぶる良い。前回はどこぞの暴力団の組長だったんですが、生首を御披露目した途端お客様が皆がっかりした顔をされましてね、申し訳なかったですよ」

 バックヤードを歩きながらいつになく上機嫌で喋る黒木を、斜め後ろから滝川は睨み付けた。

「この世に悪魔や幽霊がいるかどうかは知らねえが、悪魔みたいな人間ってのは確実にいるな」

 そう言われ、黒木は振り返って穏やかな笑みを浮かべながら滝川に問いかけた。


「人を殺して食べるのがそんなに悪いですか?牛や鶏や豚を殺して食べるのと何が違うのでしょう。なぜ人間だけが特別なんですか?他の動物にだって痛みや苦しみもありますよ」

 滝川は無駄だとわかりつつも黒木を睨みつけてこう言った。

「俺達も人間だからだよ。あんたには一生分からないだろうがな」


 黒木はふっと笑って顔を反らした。滝川はこれ以上付き合いきれないと言いたげに黒木を追い抜き厨房へ戻っていった。


 分かる必要はない。この楽しみが潰えるくらいなら。

 黒木はかおるの肉の味を思い出し、にんまりと笑った。


「明日はどんな料理にしましょうか」

《グリーングリーン》を口ずさみながら、黒木も自分の仕事場へ戻っていった。


〈お味はいかが ― 完 ― 〉


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お味はいかが マツダセイウチ @seiuchi_m

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