第10話
黒木と滝川料理長、かおるはスツールに腰掛け作業台を囲んだ。
「私、子供の肉は扱ったことがないのですが、どういう特徴がありますか」
かおるの疑問に滝川は腕組みして自身の見解を述べた。
「柔らかくて臭みが少ないから割りとどんな食材とも合う。自由度の高い食材だな。煮込んでもよし焼いてもよし。蒸すと臭みが出るから蒸し料理はやめた方がいい」
かおるは思案した。いくつか湧いたアイディアの中から最適なものはどれか探した。
「では旬のリンゴをソースに使ってポワレにするのはどうですか?」
かおるの提案に、黒木は恍惚とした顔で呟いた。
「良いアイディアですね。想像しただけでよだれが出そうです」
黒木の口の端から唾液が流れているのを見て滝川が顔をひきつらせた。
「出そうって、もう出てるじゃねえか」
「おっと失礼。しかしリンゴのポワレだとシンプルすぎますね。もう一捻り欲しいところです」
議論の末、メインディッシュはリンゴとミントのソースを使った子供の肉のポワレに決定した。
「爽やかな料理ですね。明日が楽しみだ。仕込みは今日やってしまいましょう。まだ水田さんは慣れていないでしょうからこちらでやります。水田さんが明日調理するだけで済むように準備しておきます」
黒木は新人のかおるを気遣ってくれたようだが、かおるは自ら申し出た。
「いえ、私にも何か手伝わせて下さい」
滝川は顎をさすりながら感心しきりでこう言った。
「やる気があるのは良いこった。じゃあ子供の肉の処理をやってもらおうか。おーい継田」
継田と呼ばれ、何かの塊肉を捌いていた30代ぐらいの男が振り向いた。
「新人の水田だ。明日子供の肉を使うから処理の仕方教えてやってくれ」
「了解です」
継田はそう言うと肉と包丁を片付け始めた。黒木はスツールから立ち上がって腰に手を当てて軽く伸びをした。
「料理長、継田さん、私も業務に戻りますから後は任せます」
「ああ、分かった」
滝川はぶっきらぼうに返事をした。
黒木が厨房から去っていった後、滝川は哀れむようにかおるにこう言った。
「初っぱなからとんでもねえ仕事任されちまったな。大丈夫か?」
かおるは平気な顔を装い滝川を見上げて言った。
「ええ、大丈夫です。腕が鳴ります」
「それなら良いけどよ。継田のやり方見て、手伝えそうな所があればやらせてもらいな」
「はい。ありがとうございます」
片付けを終えたらしい継田がかおる達のもとにやってきた。
「水田さんだっけ。じゃあ行こうか。場所はわかる?」
「はい、何となくですけど」
継田を先頭に、二人の料理人は厨房を後にした。
「私服の上からでいいよ」と継田から専用の作業着を渡され、かおると継田は全身真っ白な作業着姿となった。廊下を歩きながら継田とかおるは話をした。
「俺は肉の下処理を主に任されてるんだ。もう今は慣れたけど最初はしんどかったな」
「私も狩猟が趣味なんで気持ちは分かります」
「へー、女の子で狩猟が好きなんて変わってるね。ならきっとすぐ慣れるよ」
食材庫の二重扉を抜け、動物たちがひしめく中を2人は進んでいく。
例の部屋のに入ると、子供は檻の隅のほうで蹲っていた。何かを察知したのか2人を見ると泣き出した。継田は嫌そうな表情で誰ともなく呟いた。
「今日は子供か。気が滅入るなあ」
ポケットから鍵の束を取り出し、鍵を開けた。継田は中に入り、泣きじゃくる子供の腕を掴んで無理やり檻の外に連れ出した。
「ちょっとその子見張ってて」
そうかおるに頼み、継田が檻の鍵を閉めようと背中を向けてしゃがみこんだ。
かおるは継田の首に腕を回し、思い切り締め上げた。
「え、ちょ、何を…」
継田は振りほどこうとしたが、頸動脈を圧迫されすぐに気を失った。かおるは継田を引き摺って檻の中に入れ、鍵を閉めた。そして手で子供の涙を拭ってやった。
「泣かないで。死にたくなかったら私の言うことを聞いて。出来る?」
子供はこくりと頷いた。かおるは子供を逃がす算段を考えた。あまり自信はなかったがやるしかない。かおるは食材庫を物色し、台車と黒いゴミ袋を発見した。子供をゴミ袋に入れ、台車に乗せた。息が出来るよう、袋に小さな穴も開けておく。
「何があっても動かないで。声も出しちゃダメだよ。私が良いって言うまで」
「…はい」
恐怖のせいか、子供はとても素直で大人しかった。
見た目はただのゴミにしか見えない。後は上手く外に運び出すだけだ。
だが『ソニー&ビーン』ではどうやってゴミの処理をしているのか、かおるは分からなかった。やり方を間違えたら怪しまれるが、迷っている時間はない。継田が直に目を覚ますだろう。
かおるは一か八かで外に出てみることにした。あえて忙しそうなウエイターを捕まえて、ゴミ捨て場の場所を聞き出すことにした。
「あの、ゴミを捨ててこいと言われたんですが、ゴミ捨て場はどこでしょう。私、今日入ったばかりで分からなくて」
「あー、ゴミは一回外に出ないとダメなんだよね。外出てビルの右となりにゴミ捨て場があるから、そこに捨ててきて」
「分かりました。ありがとうございます」
かおるの目論み通り、忙しそうなウエイターは簡潔なやり取りのみで去っていった。
外に出なければ行けないのは逆に好都合だったが、フロアのエレベーターを使う以外に外に出る方法が思いつかなかった。他の従業員に咎められる可能性があったがどうにか言い訳して外に出よう。取り敢えずバックヤードから一刻も早く出なくては。かおるは怪しまれない程度に早足で進んだ。
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