第13話
電話を受けた男は、窓の外に歩み寄り、地上を見下ろした。ちょうどその時、1階の出入口から若い女と小さな男の子が出てくるのが見えた。
女はやけに周囲を気にしているようだ。服は黄緑のセーターに白いスラックス。手には紺の上着の様なものを持っている。
あの女か。
男は懐からサイレンサーの付いた拳銃を取り出し、窓を開けて女の脚に狙いを定め発砲した。
プシュッという音の後、女の左腕から血が流れるのが見えた。女は慌てて子供を抱き抱え、路地裏へ姿を消した。
「やったか?」
週刊紙を読んでいた角刈りの男の問いに、発砲した男は首を振った。
「いや、外れた。左腕に当たっただけだ。追いかけるぞ」
「めんどくせえなあ」
週刊紙の男は大儀そうに立ち上がった。
拳銃は外で見つかると不味いことになるので引き出しにしまい、男達は外へ向かった。
出口で茶髪の男が煙草を吸っていた。週刊紙の男はその男の腕を掴んで引っ張った。
「おい、食材が逃げたらしいぞ。お前も来いや」
茶髪の男は手に煙草を持ったまま、軽い口調で返事をした。
「えーっそりゃ大変。これ吸ったら行きます」
週刊紙の男は腕をさらにぐいっと引っ張った。
「バカヤロ、すぐ来い。お前も食材にされてーのか」
「へいへい」
茶髪の男は気だるそうに返事をし、吸い殻がこんもり溜まった灰皿に煙草を擦り付け、仲間に加わった。歩きながら茶髪の男が話し出した。
「逃げた食材ってのはどんなのっすか」
拳銃の男がそれに答えた。
「ガキと若い女だ。女のほうは黄緑のセーターに白いスラックスを着てるらしい」
「見つけたら殺しちゃっていいんすか」
「いや、捕まえろとだけ言われた。とりあえず生け捕りにしろ。騒ぐようならぶん殴って黙らせろ。部外者には見られるんじゃないぞ」
「了解」
かおるたちが消えた路地裏へ着き、拳銃の男が指示を出した。
「俺はこの道から辿って探す。お前ら出口固めとけ。出られる場所は決まってるからな」
「了解」「了解っす」
週刊紙の男と茶髪の男はそれぞれ持ち場へ散っていった。遅れて黒木もやってきた。拳銃の男に問いかける。
「お待たせしました。今どんな状況ですか」
拳銃の男は地面を指差した。まだ乾いていない血が地面を濡らしていた。
「さっき左腕にタマを当てました。子供を抱えて逃げましたが、出血の後を辿れば居場所は分かるでしょう」
黒木は身を屈め、真新しい血痕をしげしげと見つめた。
「流石です。おお、かなり出血してますね。動けなくなるのも時間の問題でしょう。もうそこら辺で倒れているかも」
「ええ、でも急いだほうが良いですよ。部外者に見つかると厄介なんで」
「ごもっともです。すぐ捕まえましょう」
路地裏は大の男が思い切り走れるほど広くはない。障害物を避けながら急ぎ足で血痕を辿った。拳銃の男が口を開いた。
「あの女は子供の姉か母親ですか?」
黒木は外付けのガスボンベを避けながらこう言った。
「いや、全くの他人です。しかもすでに人を殺したことがあるような人物です。なのになぜ、あの子供は庇うのか分かりませんね」
「へえ。何でしょう。母性本能とか?」
何が可笑しいのか、黒木はくっくっくと不気味な笑い声を漏らした。
「赤の他人の子供にですか?もしそうだとしたら本能って凄まじいですね」
それきり2人は話すことなく、パンを目印に家を目指すおとぎ話の兄妹のように、血濡れた地面を見ながら黙々と歩き続けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます