第12話

 かおると子供がエレベーターで地上へ向かっている頃、食材庫にやってきた料理人が、檻に閉じ込められて気を失っている継田を発見し、それと同時に食材の子供が逃げ出したことが判明した。

 料理人は慌てふためいて料理長の滝川に報告し、その旨はすぐさま支配人の黒木に伝達された。


「水田さんはどこに行ったのでしょう」

 支配人室のデスクで優雅に足を組みながら、黒木は独り言のように呟いた。

「手の空いてるヤツに探させたが、フロアにもバックヤードにもいないらしい。たぶん子供と一緒に逃げたんだろう。何でそんなことをしたんだか」

 青い顔で報告する滝川を厨房に帰し、黒木は電話をかけた。


 間の抜けた呼び出し音の後、男が電話に出た。

「はい、佐伯ビル管理室です」

 ドスのきいた声の主に、黒木は冷静に指示を出した。

「黒木です。食材が逃げました。水田かおるという女が一緒にいるはずです。まだそう遠くまで行ってないと思います。捕まえてください。私もすぐ行きます」

「特徴は?」

「食材は小さな男の子です。水田かおるは20代の若い女で、黄緑のセーターに白いスラックスを着ています」

「承知いたしました」


 ブツッと音がして電話が切れた。黒木は受話器を静かに戻した。こういったことは何度かあった。だが黒木の手から逃げられた食材は今だかつてない。ふーっとため息をついて黒木は独り言を言った。


「さあて、久しぶりに鬼ごっこでもするとしましょうか」


 黒木は立ち上がり、椅子にかけてあったコートを羽織って襟を整えた。そして《かわいいひばり》を鼻唄で歌いながら支配人室を後にした。

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