第12話 追いかけられるのは好きじゃない

「俺に用はない」

「そうですか。ですが、私にはあるんです」


 ジンより頭一つ小さいその紳士はジンに近寄ると右手を差し出し握手を求めるが、ジンはそれを無視して横を通り過ぎようとする。だが紳士は差し出した右手を戻しながらジンを睨みそうはいかないとジンを引き留める。


「なら、ここで話せ」

「分かりました。では、単刀直入に伺いましょう。あなたは先日、子供を保護されたとか」

「ああ、それがどうした」

「おぉ! これは話が早い」


 ジンは紳士に対し正直に話す。別に正直に言う必要もなかったのだが、実際に子供と一緒にいるのは見られているので下手に嘘を付くよりは正直に話して相手の出方を様子見しようと考えていた。


 紳士はジンが認めたのなら、話が早いとばかりに手を叩き先程とは違い破顔した様子で両手を揉みながらジンに顔をズイッと近付けてくる。


「その子供を私に返して頂けますか?」

「なんでだ?」

「おや、なんでとはまた面妖な。その子供は私が購入した奴隷なのですよ」

「お前こそ、なんでその子供がお前の奴隷だと言えるんだ? 何か証明する物はあるのか?」

「くっ……いいでしょう。ならば改めて証拠を持って伺わせて頂きます。それまで、その子供はあなたにお預けしますので、くれぐれも大事に扱って下さいよ」

「ふん! 知るか」

「くっ……とにかく、私の物なのですから、それをお忘れなく。失礼します!」

「あぁ」


 紳士は苛立ちを隠すこと無く踵を返すと冒険者ギルドから出て行く。


 するとジュリアがジンの横に立ち「何か揉め事ですか?」と聞いてくるが、ジンは必要以上に近付いて来るジュリアのその顔を右手で遠ざける。


「あん、もう!」

「とにかく、アイツがまた何か言ってきても俺には関係ないことだ」

「冒険者ギルドとしては、無視出来ないことなんですが……」

「知るか。適当に相手すればいいだけだろ」

「ま、それもそうなんですけどね。じゃ、お昼ランチに行きましょうか?」

「は? 何言ってんだ? 俺は家に帰るぞ」

「えぇ!」

「じゃあな」

「もう!」


 紳士を見送ったジンの側に立ったジュリアは様子を窺いつつサラッとお昼ランチに誘うがサクッと無視され地団駄を踏めば、カウンターの向こう側の同僚達から「ぷっ!」と漏れ聞こえてくる。


 冒険者ギルドを出たジンはさっきからずっと自分に対する視線を受けながらも、それを気にする素振りも見せずに串焼き屋の屋台に立ち寄る。


「おっちゃん、これに載せてくれ」

「はいよ。何本だい?」

「そうだな。五〇で」

「あいよ。なら、焼き上がるまでちょっと時間を貰うぞ」

「ああ、いいよ。俺もちょっと暇潰ししてくるから」


 ジンは子供達への土産としていつもの串焼き屋の屋台で注文を済ませると、屋台から離れた薄暗い路地へと入り込むと同時に小走りで駆け出せば、すぐ後ろからタッタッタと駆け足の足音が聞こえてくる。


「足音は三人か……」


 聞こえてくる足音と気配から、自分を尾行している人数を割り出すと「この辺でいいか。ハァ~面倒くせぇ」と周囲に人気ひとけがないことを確認してから振り返る。


「ここなら、いいだろ。顔を見せろよ」

「「「……」」」

「見せないなら、俺は行くぞ」

「待てよ。そう焦るなよ」

「だよな。もう少し楽しみたかったんだがな」

「案外、自信過剰? もしかして一人でなんとか出来るとでも?」

「いいから、用件を言え」

「へぇ……まあいい。早く旦那に返せばお前も痛い目に合わずに済む」

「俺は抵抗してもらった方がいいんだけどな」

「俺達三人を相手に勝てるとでも? ははは、お前いいねぇ」

「話はそれだけか? 子供の話なら証拠を確かめてからだと、アイツには言ったハズだがな」

「そんなのは必要ねえんだよ!」


 ジンが物陰に隠れている尾行していた連中に声を掛ければ、ゾロゾロと三人のチンピラが姿を見せる。ジンは三人に対し用を尋ねれば、思った通りに子供を出せと言うので、それは証拠を確認してからだと言ったハズだがと返せばチンピラの一人が「必要ねえ」と右手に隠し持っていた片手剣を振りかぶる。


 他の二人はそれを見ても慌てることなく「殺すなよ」と声を掛ける程度だったが、ジンからすればそれは遅すぎて避ける必要性も感じなかったので、左手でその刃を受け止める。


「あれ? あ……くそ!」

「おいおい、何やってんだよ。だらしねぇなぁ」

「ふはは、笑えるぅ」

「いいから、早くお前らも手を出せよ!」

「……おい、マジなのかよ」

「へぇなんだよ。楽しそうじゃねぇか。おら!」


 ジンが片手剣を掴んだままでいるが、その片手剣をどうやってもジンの手から逃れられないチンピラが自分を見て笑っている仲間二人に加勢を求めると、ニヤついた顔で様子見していた二人の顔付きが変わる。


 一人は驚愕し、一人は面白いことになったとばかりにナイフを手にジンに襲いかかるが、ジンはそれを右手で掴むと、残った一人が「そのまま離すなよ」と言いジンに向け刃物を向け突っ込んで来る。ジンが焦ることなくそのチンピラの顎を目掛けて前蹴りを放てば、そのチンピラは「ぐえ……」とだけ声を発し気を失う。


「で、お前達はどうする? このまま続けるか? それとも……」とジンが両手に力を込めれば「ピシッ!」とそれぞれが持っている片手剣とナイフの刃が崩れ落ちる。


「「あ!」」

「これで、手持ちの武器はなくなったな。ほら、どうするんだ?」


 ジンは手に持っていた刃をチンピラ二人に投げ付ければ、チンピラ達は逃げだそうと踵を返すが「忘れ物だ」とジンが寝ているもう一人をその背中に投げ付ける。


「「うぐっ……」」

「ぐあっ……」


 ドサッと地面に転がる三人に対し、ジンは「全ては証拠を確認してからだと、ちゃんと言っておけ」とチンピラ三人に告げれば、チンピラ達はコクコクと頭を縦に振り、その場を後にする。


「で、お前はどうするんだ?」

「……」

「隠れているつもりだろうけどな、殺気が漏れすぎだ」

「……」

「顔を見せないつもりなら、雇い主にはちゃんと伝えるんだな。じゃあな、俺は行くぞ」

「……」


 ジンは恐らくあの三人の監視役だと思われるもう一人の監視者に声を掛けるが、ソイツは姿を見せることもなかったのでジンは「面倒くせぇ」と踵を返しお土産を回収しに屋台へと戻る。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る