第5話 これも一つの日課

「おとしゃん!」

「……パパ」

「おっ!」


 エミリアと話していたジンにリルルとノエルが飛び付く。


 子供特有の甘ったるい匂いと風呂上がりの石鹸の匂いがジンの鼻腔を擽る。


「あ~もう、リルル! ノエルも。その人はパパじゃないわよ」

「ちがう! おとしゃんだもん!」

「……パパ」

「だから「いい」……え?」

「いいから。好きな様に呼ばせていい。一々否定するのも面倒くせぇし」

「いいの?」

「いいから。な、これから俺はお前達のお父さんだ」

「おとしゃん!」

「……パパ」

「もう……」

「あなたはいいの?」

「私は……」

「私は?」

「エミリア、止めとけ」

「は~い」


 ジンは二人の幼女を膝に乗せたまま、二人がジンのことを父親扱いすることを容認するとエミリアはオフィーリアに対して、このままでいいのかと問い掛ければジンから軽く注意される。


「あ、あの……」

「なんだ?」

「あ、ありがとうございました」

「おう。気にするな」


 オフィーリアがジンに助けてくれたことに対し頭を下げるが、ジンはそれに対し軽く手を挙げ応えるだけだった。


「あと、アルなんだけど……」

「ああ、アイツならもう大丈夫だ。明日になればベッドから起き上がれるだろうさ」

「……ホント?」

「ああ、ホントだ。こんなことでウソをついてどうする? あ……」


 アルの容態を気にしていたオフィーリアにもう心配ないと伝えれば、オフィーリアの両目から涙がボロボロと溢れ出す。そして、それを見たジンはどうしたらいいかも分からず「あ~もう面倒くせぇ」と零せば、エミリアが笑いながら近付くとオフィーリアの肩をソッと抱き「もうすぐ夕食だから顔を洗ってきなさい」と優しく促し、オフィーリアはそれに頷く。


「なにこれ?」

「……ドロドロ」

「なんなの?」

「お前達向けの特別メニューだ。文句言わずに食え」

「「「えぇ~」」」

「あら、ご不満?」

「「「……」」」


 オフィーリア達の前に並べられた深皿の中には、所謂パン粥と呼ばれている物が注がれていた。ジンが鑑定た結果、胃腸が弱っているオフィーリア達向けにとエミリアが作った料理だった。


 そして、ギル達とは違うメニューにリルル達が不満を漏らせば、エミリアが自分が作った料理に不満があるのかと少しキツ目に問い掛ければ三人は揃って首を横に振る。そんな三人に対しジンが横から口を挟む。


「あのな、お前達はここのところ、まともな食事をしていないだろう」

「まとも?」

「……ない」

「……確かにここ二,三日はこの子達にはまともな食事は……」

「なら、黙って食え。ちゃんとデッカいうんこが出たら、まともな食事にしてやるからよ。それまではソレだけだ。分かったなら食え」

「ジンさん、食事中ですよ。でも、分かったでしょ。あなた達に今、私達と同じ食事をさせても胃腸が受け付けないってのがジンさんの診断よ。分かったなら、文句を言わずに食べなさい」

「「「は~い」」」

「よろしい。じゃ、ジンさんお願いします」

「ああ、いいか。いただきます!」

「「「いただきます!」」」

「……いただき?」

「……ます?」

「え? なに?」


 エミリアに促され、ジンが両手を胸の前で合わせると大きな声で「いただきます!」と言えば、ギル達も同じ様に手を合わせ一斉に「いただきます!」と口にする。


 リルルやノエルは分からないながらも皆と一緒の仕草を真似るが、オフィーリアは何をしているのか分からず周囲を気にしているとエミリアが「ジンさんの故郷の風習よ」と教える。


「へぇ。そうなんだ。いただきます」

「おう、食え」


 食事を終わらせ、リビングのソファに座ったジンの膝にリルルとノエルの幼女組がよじ登りムフゥと鼻息も荒く「おとしゃん!」「……パパ」とジンの胸に抱き着いたと思ったら、直ぐにスゥスゥと寝息が聞こえてきた。


「おい、寝ちまったぞ」

「ふふふ、可愛いですね。ティア、レナお願い」

「「は~い」」


 エミリアに頼まれた二人の少女がジンに抱き着いたままの幼女二人を抱き上げると「ベッドに行こうね」と連れて行く。


「どこへ連れて行くの?」

「どこって寝床ベッドだろ。お前も一緒に行くんだ」

「え……でも」

「話があるなら、アル護衛が元気になってからだ」

「……な、なんでそれを」

「面倒くせぇことは纏めて済ませるから、後だ。後! ほら、行け!」

「う、うん……」


 オフィーリアは何かを話したそうにしていたが、ジンに押し切られてしまいどこか不安な気持ちを抑えながらもティア達の後を小走りで着いていく。


 オフィーリアの様子を見ていたジンはソファから立ち上がり、エミリアに「風呂は空いてるよな」と聞けば「はい」とエミリアからの返事を聞き、ジンが浴室へと向かおうとすれば、その後ろからエミリアが着いてくる。


「エミリア?」

「はい!」

「いや、はいじゃなくて何しているんだ?」

「何ってお風呂に入るんですよ」

「ああ、俺はな。だから、お前は「入りますよ?」……はぁ?」

「ふふふ、今さらですよ。もう、一緒にお風呂に入った仲じゃないですか」

「いや、ちょっと待て!」

「待ちません!」

「ぐっ……」


 ジンはこのままだとエミリアに押し切られてしまい混浴するのをなんとか避けようと必死に考えているが、エミリアは「ふふふ~ん」と鼻歌交じりにご機嫌な様子だ。


「マズい……」

「何がマズいんですか?」

「なあ、エミリア。お前と一緒に入ったのは俺がお前を男の子と勘違いした時の一回だけだろ」

「ええ、そうですよ。でも、一緒に入りましたよね」

「いや、だから……」

「入ったんですよ」

「……」


 確かにエミリアの言う通りだが、それは今から四年も前で今のエミリアみたいな女性らしい体ではなくガリガリに痩せ細り、垢まみれの体だったのだ。それをジンが男の子と勘違いして全裸にしてから風呂に放り込んだ後に実は女の子だったと気付いたが「面倒くせぇ」と欲情すること無く、そのまま風呂を済ませたのだった。


 それからエミリアは隙がある度にジンの風呂に一緒に入ろうとするが、最終的には「面倒くせぇ」とジンから『強制睡眠スリープ』を掛けられ、その隙に風呂に入るのがジンの日課になりつつあった。

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