第2話 ここじゃダメだ

 ジンは後のことはジュリアと衛兵に任せて、この場を後にしようとしたところで、ジュリアから「明日は必ずギルドに来て下さいね」と念を押されたので「分かったよ。面倒だな」と返事代わりに手を挙げて答える。


「もう、いい加減にデレてくれてもいい頃なのに上手くいかないなぁ~ハァ~」

「ははは、ジュリアよ。アノ手はゴリゴリ押すよりも一歩引いてみるのもいいのではないか」

「隊長……」


 現場から去って行くジンの背中を追っていたジュリアに衛兵隊長が声を掛ける。


「まあ、俺の拙い経験からだけどな。焦るとまた逃してしまうぞ!」

「一言余計です!」

「おお、これはすまんな。でだ、コイツら『ゲパルツ一派』を一人で手玉に取るとは、もしやAランクなのか?」

「いいえ、ジンはCランクです」

「は?」

「そうですよね。やっぱり勿体ないですよね」

「まあ、そうだな。何かランクアップしない理由でもあるのか?」

「面倒だから……だそうです」

「面倒か。まあ、分からなくもないが……勿体ないな」

「ですよね。ハァ~」


 現場からの帰り道、ジンは革袋も取り戻したことだしと串焼き屋の屋台に戻って来た。


「おっちゃん、三本だ」

「おう、毎度。ん? ソイツはどこで拾って来たんだ?」

「ん?」

「ソイツだよ。ソイツ」

「あ!」


 串焼き屋の屋台で注文すると主人から、誰だと聞かれ不思議に思ったが、主人が顎で「ソイツ」と示す視線の先を見るとさっきの子供がジンの服の裾を握っていた。


「着いて来たのか?」

「うん、頼みたいことがあって」

「頼み? なら、冒険者ギルドで頼むんだな」

「……それだと、お金が」

「そうだな。分かったら帰りな」

「でも……『グゥ』あ!」

「腹減ってるのか?」

「……」

「ほれ、食いな」

「おっちゃん……」

「ありがと……でも」

「なんか訳ありみたいだな。ジン、話だけでも聞いてやれ」

「えぇ~面倒くせぇ」


 串焼き屋の屋台の前で子供はジンに対し頼みたいことがあると言うが、ジンはそれを無下に断り頼み事なら冒険者ギルドに言うんだなと子供を突き放したところで子供から可愛らしい腹の音が聞こえてくる。すると屋台の主人が焼きたての串を手に取ると、子供に食べなと差し出せば、子供もありがとうとお礼を言って受け取る。だけど、何か悩み事があるのか顔はくらいままだ。


 そんな子供の様子に屋台の主人がジンに話だけでも聞いてやれと諭せば、ジンは頭をボリボリと掻きながらその場にしゃがみ込み子供と目線を合わせる。


「で、頼みたいコトってのはなんだ?」

「おいおい、屋台の前でするなよ。邪魔になるだろ」

「分かったよ。じゃ、コレに三十本な」

「おう、毎度!」


 ジンは鞄から出す振りをして無限倉庫インベントリから大皿を取り出すと屋台の主人に銀貨数枚と一緒に渡す。その後、主人から串を三本だけ受け取ると、屋台の横に置かれている木箱の上に子供を座らせてジンはその横に座り込む。


「で、なんなんだ。助けて欲しいってのは。厄介ごとはゴメンだぞ」

「ごめんなさい」

「まあいい。話だけは聞いてやるから、先ずは話してみろ」

「うん、あのね……」


 子供は名前を『オフィーリア』と名乗り歳は十二歳になったばかりだと言う。そして、今はスラムに男の子と六歳と四歳の女の子と一緒に暮らしているが、男の子が寝込んでいる為にオフィーリアがお金を稼ぐために外に出て来たと言う。そして、あの禿頭の男の一味に「楽に稼げる」と言葉巧みに騙され、ジンの革袋を拾ったのが初めてだと言う。


「お前なぁ」

「ごめんなさい! でも……」

「そうじゃない。俺が言いたいのはそれじゃなくってだな。あぁ~もういい。おっちゃん出来ているか」

「ああ、いいぞ。持ってけ」

「ありがとうよ」


 ジンは主人から大皿を受け取ると、誰にも見られないように無限倉庫インベントリに収納しオフィーリアを立たせ「早く案内するんだ」と急かす。


「え? いいの」

「いいも悪いもあるか! 子供が寝込んでいるんだろ。さっさと案内しろよ」

「う、うん! 分かった!」


 屋台の主人はジンがオフィーリアの案内でスラム街の方へと早足で向かうのを見ながら「また、いつものことか」と独り言ちる。


 スラム街の中にある掘っ立て小屋の前に来るとオフィーリアが走り出す。


「アル!」

「ねえちゃ!」

「……りあ」

「リルル、ノエル、アルの様子はどう?」

「わかんない」

「……ない」

「そう」

「で、どこにいるんだ?」


 小屋の中に入ったジンを見て、二人の幼女がビクッとするが直ぐにジンの足下まで寄ってくる。


「おとしゃん?」

「……パパ?」

「何言ってんだ?」

「あ、ごめんなさい。この子達は大人の男の人を見ると『お父さん』だと思ってしまうみたいで……」

「そうか。別に謝る必要はない。それでどこにいるんだ?」

「あ……こっち」


 オフィーリアはジンをアルの元へと案内する。


 ジンはベッドの上で横になり、ヒューヒューと掠れた呼吸音を出している少年へと近付くと右手を翳し鑑定する。


「困ったな……」

「アルは助かるの?」

「心配するな。今日明日でどうこうなることはない。だが、このままじゃダメだ」

「なら、どうすればいいの? ねえ、教えて! 僕に出来ることならなんでもするから。だからお願い! アルを助けて!」

「なんでもする……か」

「う、うん」

「そうか。なら、やってもらおうか」

「え?」


 オフィーリアの言葉にアルはニヤリと笑う。オフィーリアはジンの顔を見て早まったことを言ったかと少し後悔するが、アルを助けてくれると言ったジンを。自分をゲパルツ一味から救い出してくれたジンを信じてみることにした。


「言って! 僕に出来ることならなんでもするから!」

「そうか。なら、先ずは荷造りだ」

「「「へ?」」」

「聞こえなかったのか? 荷造りをするんだ」

「聞こえたけど、なんでか聞いてもいい?」

「ああ、それはここから引っ越すからだ。ここにいてもアルを助けられない。なら、引っ越すしかないだろ」

「……それは分かるけど、でも何処に引っ越すの?」

「そりゃぁもちろん、俺の住む家だ」

「「「えぇ!」」」

「分かったら、さっさとする!」

「「「はい!」」」


 ジンの引っ越しと言う言葉にオフィーリア達は一瞬驚くが、ジンの言うようにここではアルの快復は見込めないのは分かる。なので、オフィーリアはリルルとノエルの幼女二人と一緒にそれほど多くはない荷物を纏め終えるとジンに伝える。


「終わったか。じゃ、行くぞ」

「「「え?」」」

「なんだよ。引っ越すと言っただろ。忘れたのか?」

「ううん、忘れてはいないけど、どこへどうやって行くの? この子達はまだ遠くまで歩けないよ?」

「ああ、心配するな。直ぐだからな。こういう風にな。『ゲート』」

「「「へ?」」」


 ジンが魔法を唱えるとジンの真横に大きな黒い膜の様な物が現れる。


「さあ、行け」

「え? ウソでしょ」

「お前にウソを言ってどうなる。いいから、さっさと行けよ」

「でも……」

「リルルいちば~ん!」

「……にばん」

「あ! もう、分かったわよ。えい!」

「最初っから、素直に行けばいいものを。ったく面倒くせぇな。よっと……」


 ジンは寝ているアルを優しく抱き上げると黒い膜の中へと足を踏み入れる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る