第5話 VS飛蝗妖魔

 千代さんを置いていき、昨日とは別のビル屋上へと足を伸ばす。

 念のために屋上へ出る前に変身はすませておく。昨日は千代さんをはじめとする忍者たちがいることがわかったから準備を先にしておくに越したことはないだろう。


「さぁて今日は妖魔が俺のところに現れるか、な?」


 ゴーグル越しに視界を広げ、全体的に見渡す。

 今までこの日課をしていることでわかったのは妖魔が出現する際はその場所が暗くなることと、人気がないことの二つだ。

 しかしこれは妖魔関連に限って起こるということでもない。悪い人間だって人気のない場所で悪事を好む。

 なぜならその方が都合がいいから。

 誘拐、窃盗、密売、売春、強盗……例をあげればキリがないだろう。

 そんな事件は人の見えないところで増加していき、ニュースになるような事件はほんの一握り。

 力ある者が弱者を虐げ、旨い汁をすする。

 俺はそんなシーンをこの日課を続けている間に何度も見てきたし、何度も潰して交番の前に突き出したりもした。

 それで何かが変わったわけではないし、この行動もきっと偽善であると知っている。


 ――仮面エージェント、ズバッと参上!


 俺と母さんの好きな特撮ヒーローのセリフが頭に浮かぶ。

 普段はドジでお人好しの鈍臭い彼はその実、常人離れした力で悪党の怪人を倒して弱き人を救い笑顔を取り戻す。

 だけども彼の本心はいつも嘆きにくれていた。どんなに人を救っても、犠牲になった人がいるという事実を覆すことができないから。

 昨日の俺だってそうだ。あの数組のサラリーマンたちを助けることはできなかった。

 だから、俺と仮面エージェントは違う。

 彼は嘆きこそすれ、誰かの笑顔を確実にもたらしていたのだから。


「と、考えてる間にさっそくか」


 方角は今日俺が買い物をしたデパート、デルタライズの近くだ。既に獲物に狙いをつけているのか、あるいは先に出てきただけなのか。


「ま、どっちでもいいか」


 どちらであっても俺のやることは変わらないのだから。

 強化された脚力で俺は一直線に、真っ直ぐに最短で駆け抜ける。側から見れば人影すらも映さない速度で、走り抜けた。

 現場へ着くのはほんの数分にも満たず、妖魔の上空をとった、ハズだった。

 気が付けば目前に妖魔は現れていた。


「バッタか!」


 脚と背中の羽がバッタそのものの妖魔。ギチギチと音を鳴らして俺に目標を定めたようで、声には無機質な顔とは裏腹に喜びを孕んでいるように聞こえる。


『ギギィ!』


 空中で蹴りを放たれ、俺は咄嗟に防御をとるものの踏ん張りが効かずにそのまま吹っ飛ばされた。



 某所、忍者たちが拠点としているアパートの一室。


「炎さん! 妖魔の映像が入りました!」

「こっちにも回して」


 了解です、と返事を聞いてからすぐに炎の持つタブレットに映像が出る。

 デルタライズ付近の監視カメラの映像で、バッタの妖魔の映像だった。大きさを見るにまだ出てきたばかりの状態。


「……でもすでに一人は犠牲が出てるみたいだね」

「え?」

「よく見なさいな。地面に少しだけど血痕が残ってる」


 炎の目には妖魔の足元にわずかばかり残っている血痕がしっかりと見えているのだが、部下の方はそうでもないようで首を傾げている。

 千代ならわかるのに、とため息を吐こうと思うが飲み込む。炎は若くして忍者頭に選ばれた才女である。

 そしてそんな彼女が少なからず認めていたのが千代であるのだが……


「別場所で巡回してる山下と山田もそのまま現場に向かわせて。小山はこのままここでバックアップ、僕は先に現場に行くから」

「わかりました」


 炎はすぐさま衣装を着替え、目にも留まらぬ速さで窓から町へと繰り出した。

 最速で最短距離を常人では目にも映らない速度で走り抜ける。

 彼女の足であれば十分も経たずに現地へつくことが可能だ。だがこれよりも速くつくために太ももからクナイを引き抜く。


「変転」


 クナイが細かく崩れていきそれが炎の身体に鎧となって装着されていく。

 彼女の鋼鉄兵器、蟒蛇うわばみ。軽装で動きやすさを重視している忍者用に開発された最新鋭の代物だ。

 これにより身体能力にさらなる力が加わり、正真正銘常人の粋を超える速さで音もなく現場へと駆けつけることができる。

 そして彼女が現場で見た光景は、鋼鉄兵器を纏った誰かが妖魔に蹴り飛ばされる瞬間だった。



「あ……ぶねぇな!」


 蹴り飛ばされて勢いよく身体が後方へ持っていかれる。そのまま近隣の会社の壁を破壊し、室内で倒れ伏す。


「……ってぇな!」


 だが幸いにもこちらは鋼鉄兵器に身を纏っているために大したダメージはない。

 問題はこの会社の方だ。すっげぇ窓が割れたことによって警報がすごい耳をつんざきそうな勢いで鳴ってる。監視カメラもあるけど顔はヘルメットとフェイスガードのおかげで見えないのが不幸中の幸いだ。

 ともあれあのバッタ野郎をとっとと駆除しなければ。

 壊れた窓から足を出し、勢いよく跳び上がる……。


「……誰だ、ありゃ」


 前に俺の視界には見知らぬ存在がバッタの右前脚を切り捨てていた。


「……あの武装、俺と同じで軽装タイプの鋼鉄兵器保持者か」


 昨日の今日で妖魔が出現、さらには千代さんのことを考えると……


「アレは忍者か。めんどくさいことになりそうだな……」


 しかし昨日は徹底的に叩きのめしていたとはいえ百足妖魔の方は倒していると見ていいだろう。千代さんの話を聞く限りではあんだけボコしておけば問題ないらしいし。

 あんまり考えすぎても俺の場合はよろしくないし、跳ぶ。

 距離を一息で可能な限り縮め、二歩目で妖魔と忍者の足元のビルの屋上にたどりつく。


『ギギャア!?』


 同時に妖魔は屋上に落下し、忍者は軽やかに着地していた。


(……千代さんに引き続き女性か)


 口元は覆面で隠されているが、体つきで十分にわかる。

 赤を基調とした鋼鉄兵器の形状は女性らしい線を見せており、肩の鎧は蛇の頭を模していて装備は小太刀。

 実力は妖魔の脚を簡単に切り払ったとことから強者であると予想するのは難しくない。


「……やぁ。君が昨日僕たちに百足の妖魔を押し付けたのかい?」


 遠慮なく、しかし嫌悪感を抱くことない声音で彼女は俺に質問する。


「黙秘権を行使する。忍者っておっかなさそうだし」


 あえて茶化すように答えを濁す。素直に答えても俺に得はないしな。


「そんなことよりそいつ、先に片付けようや」


 バッタの妖魔は痛みが激しいのか足元がふらついている。この様子なら本当に大したことのない妖魔なようだ。

 瞬間火力は昨日の百足よりは強力だろうが、打たれ強さはそれ以下で間違いない。

 それでも誰かの命を容易に奪えるくらいには強い。もしかしたらもう殺して食べているのかもしれない。


「そうだね。その方がゆっくり話もできそうだしね」

『ギィイイイイイ!』


 騒がしい声を喚き散らかしながら逃走を図ろうとする妖魔。だがそんな隙を作ってやるほど俺は優しくない。

 抜き手で後ろを見せた妖魔の頭を貫き、忍者の方も妖魔に合わせたように両足の関節を切り捨てていた。

 そして妖魔は呆気なく散っていく。

 完全に消滅をしたことを確認し、忍者は俺の方を見てにこりと笑った。

 口元は覆面で隠されているが、それくらいはわかる。ただ作り笑顔なのか、それとも俺を騙すための作り笑顔かはわからない。

 用心をドブに捨てる気は毛頭ない。


「うん、やっぱり違うな。ああ黙っていても大丈夫だよ。これは僕が勝手に推測して話しているだけだから」


 そういうと彼女は口をさらに開く。


「僕は炎。君の名前はいずれ突き止めるから今は言わなくてもいいよ」

「……」

「君のその鋼鉄兵器、少なくともこの街にいる保持者の誰のものでもない。つまり国の管轄から完全に離れているイレギュラーな存在だ。一応僕のものを含めて鋼鉄兵器は国が支給している兵器なんだ。一般人においそれと渡るような代物ではないんだよ」


 ――さぁて、なんでだろうね?


 ひどく蠱惑的な声音でそう呟く炎と名乗る忍者。

 この瞬間、俺の背中には悪寒が走り、俺の足は本能的にその場から走り去った。

 この女はなにかヤバイ、と俺の直感が告げていた。

 振り返らず、しかし確実に振り切るように様々な道を経由して俺は家へと向かった。



「あらら。あんなに勢いよく逃げなくてもイイのに……」


 しょぼんと炎は肩を落とし、龍臥の走り去った方向を見る。

 とはいえ炎は確かに面白がっている。出自不明の鋼鉄兵器の装着者に、その実力が自分自身の目で見れただけでも十分な成果であり有益であったと自分で判断する程度には満足していた。


「まず間違いなく千代の件には関わってるだろうけど……少し泳がせた方がいい気がするな」


 これは炎の核心に近い勘だった。

 しばらくは妖魔退治を中心に活動しつつ龍臥を追う、と行動の方針を固める。

 千代の件はあくまで炎たち忍者の間での問題であり、妖魔退治の方が重要なのだ。

 そう、だから……


「なにも問題はなし、だね」

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