第2話 深夜のコインロッカー前
「とりあえずこれ着てね」
夜中のコインロッカーに入れておいたコートを千代さんに渡す。
深夜にはしゃいでいる若者と言えば彼女の忍者服姿も珍しいものではないのだろうが……いや、百歩譲ってもおかしいか。なんだ冬の今時期に忍者のコスプレした女の子って。
「かたじけないです」
俺のそんな考えをよそに千代さんはコートに袖を通し、前をしっかりと閉める。
男物なので多少ぶかついているが、そこは勘弁してもらいたい。
「いいんだよ。にしても……忍者って本当にいるんだな」
「表舞台には極力出てこないですからね。まぁあまり深く詮索しないでいただけると」
苦笑を浮かべながら彼女、千代さんは人差し指を口に当てて「シー、です」と言う。
改めてよく見てみると人形のように整った顔立ちに、真紅の瞳が綺麗で容姿は抜群だ。年齢こそまだわからないが少し幼さが見えるのも年齢を聞けば納得できるかも知れん。少なくとも将来は有望だろうし、今でも十分に綺麗だ。
まぁさっきの状況を見るだけでもまだあまり内面に深入りはしない方がいいというのはわかる。それはそれとして心配だけはするけども。
「ま、それはそれとしてさっさとコンビニ行こうか。俺もなんか腹に入れたいし」
「ですね。しかし今更ですが本当によいのですか?」
「何が?」
「いえ、私を泊まらせていただくということです。それに服を買っていただくのも……」
「いいんだって。代わりに家事代行してもらうわけだし、初期投資と思えばね」
はっきり言って俺は家事が苦手だ。料理はまだしも掃除は壊滅的に下手な自信がある。
彼女がどれくらい家事ができるかにもよるけど、俺よりひどいと言うことはまずないだろう。
ギブアンドテイクは成立しているから俺に文句はない。
それに……
「一人だと千代さん危ないだろうしね。普段は俺の家に引きこもればそうそう見つからんだろ」
「……御配慮ありがとうございます」
ぺこり、と頭を下げる千代さん。その姿はなんだかとても愛らしく、思わず頭をなでてしまう。
「ひにゃ!?」
「あ、ごめん。つい……」
「い、いえ。このように頭を撫でられるなどあまりなかったもので……少し驚いてしまいました」
モジモジとするその様子はまるで小動物のように可愛い。この子本当に忍者なんだろうか。
「そ、それじゃ今度こそ行こうか。このままだとずっとここにいそうだし」
「は、はい」
こうして俺たちはコンビニに向かい、彼女の生活用品を少々と帰り際につまむ用のピザマンなどの飲食物を買って俺の家に向かった。
※
一方、千代を追いかけていた忍者たちは廃工場に集まり一人のクノイチの前にひざまづいていた。
リーダーと思われるそのクノイチの歳は十代後半頃か、長く伸ばしている白髪混じりの黒髪は艶やかである。出るところも出ており、女性としての魅力もある。
忍者たちの方が歳は上であったが、敬意を示しているのか頭を上げる様子はない。
「あの娘に完全に撒かれた、か」
「誠に申し訳ありません、御頭様」
「気にしないでいい。とはいえ傷ついた妖魔が飛んできた、か」
やれやれだ、と忍者頭である炎ほむらは軽くため息を吐く。
「誰かが千代をさらうために、というのも考えにくいな」
「はい。妖魔自身は傷ついていたので我らも大した労をかけずに倒せました」
時間にして数分にも満たずに妖魔は退治できたのは、傷ついていたが故だろう。とはいえその時間は逃げている千代が忍者たちから逃げるには十分すぎる時間だった。
二度目のため息。
「あの娘は若いと言っても優秀だからなぁ。見つけてすぐに確保できるのが一番だったんだが……過ぎたことは言っても仕方ないか」
失敗したならばすぐに切り替える、これが重要なことだ。
大昔ならばこの失敗で首を撥ねる、ということがあっただろうが文明が発達した二千二十五年現代でそんなことをするのは言語道断だ。
さらに言えば忍者の人口は年々と減ってきているのも事実。少子高齢化の並は忍者にも及んでいるのだ。
「まぁ明確にいつまでに連れ戻せ、とは言われてないからじっくり探そう」
「「「はい!」」」
「それじゃあ一度解散して市民の生活に紛れて千代を探す方向にシフトしよう。それぞれウチの管轄しているアパートに。当然ながら千代の捜索に加えて妖魔退治もあるから全員可能な限りコンディションを整えておくように」
ここ紅町に限らず忍者は全国各地に寮代わりにもなるように一部のアパートを確保している。
それくらいのことをしなければ、治世を守ることもモチベーションを維持するのも難しい。
衣食住を確保するのは最低限の保証だ。
炎の発言後、忍者たちは目にも留まらぬ速さで解散して目的地に向かった。
全員がいなくなったのを確認し、炎は本日三度目のため息を吐いて「まったくもう」とこぼす。
「……国の情報だと鋼鉄兵器を持った人間が妖魔と戦った報告はない。さて、一体どんな人物が妖魔とやりあったのか。僕、気になるなぁ」
面白そうに、ニヤリと炎は笑った。
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