第15話 片鱗

「……千代ってば照れ屋さんだねぇ」


 嬉しそうに頬を緩ませながら炎は連絡用の機器を取り出し、状況報告のために二人に連絡をいれようとする。が、先に通信が向こうのほうから入ってきた。

 ナイスタイミング、と思いつつ連絡に出た。


『御頭様! やって出てくれましたか!』

「山田か。すまない、交戦中だったんだ。そちらは?」

『サソリ型の妖魔五匹同時に出現、山下と共に迎撃に成功しました。ただ現場が荒れてしまいました。申し訳ありません』

「複数の個体が出現……今までにはなかった事例だね。そういうことなら現場のことはしょうがない。君たち自身は無事なのかい?」

『はい。山下には今念のため外を見てもらってますが、アイツも特に傷などありません』

「なら重畳だ。若輩者の私には君たちが必要だからね」


 紛れもない心からの言葉だった。

 いくら才能があろうと、炎にとって二人は尊敬する先達であり部下でもある。

 それゆえに小山が妖魔となってしまい、直接ではないが殺してしまった原因になったのは間違いなく自分であることを炎は理解している。

 そして彼女と山田たちは長年の付き合いのある仲間だったのだ。罵りは甘んじて受けることを覚悟しておく。


「それじゃあ私もすぐにそっちに行く。君たちに直に報告しないといけないことがあるからね……」

『? わかりました。幸い警察が人払いをすませてはいますので……』

『山田構えろぉ! 敵性個体の追加、人型!』


 続きの言葉を聞こうとした瞬間、山下の声が遮った。

 そして聞き捨てならぬ言葉が聞こえた。


「人型の、妖魔……!?」


 小山ではない別の人型の妖魔。確認はできないが、どこかしらに昆虫の部位も混ざっているはず。

 心臓が早鐘を打ち、即断で二人に自分の命を最重要として時間稼ぎの指示をする。そして炎は蟒蛇をまとって最速最短の距離で葉山邸へと駆けてゆく。

 元々並外れた身体能力と蟒蛇の相乗効果により神速の如き速さで葉山邸につく。その所要時間はほんの二分程度。

 1キロの距離を一般人が全力で走るならばどんなに速くとも四分半。その半分以下の時間で二倍の距離を走り抜けるのは相当な速さであることがわかる。

 だがしかし、それだけ速さで着いたというのに……既に二人は地にひれ伏していた。

 蟒蛇の能力で死んではいないことがわかるが、意識不明の重体であり治療が必要だ。戦闘や千代を連れ戻すこともできないだろう。


『貴女が、彼女の言っていた高垣炎ですか』


 ――上空から声がした。


 顔を上げてみれば、返り血を浴びたボーイッシュな顔立ちをした短髪でうつろな瞳の女性が羽根を羽ばたかせて宙を舞っていた。


「お前が二人を……!」

「その質問には肯定します。人間にしてはかなりの腕前ですね。貴女が来る前に殺せなかった」


 女性の澄んだ声は炎の耳によく通る。羽ばたいて空にいるということと二人に危害を加えていなければ好印象だっただろう。


「まったく、一日に二度も人の言葉を喋る妖魔にあうとはね。口ぶりから察するに小山を妖魔にしたのは、お前か」

「肯定です。ですがその様子であれば彼女は負けたようですね。素体は優秀だったと思うのですが、結果は受け止めましょう」

「なら死んでもらおうか」

「却下です。私は今貴女と闘う気はありません」

「あ……?」

「貴女は強いと彼女から聞いています。ならば万全で向かってきなさい」

「おいおい、戦った直後の人間を襲った輩がいうことかい?」

「否。そこの二人はほぼ疲労はなく同胞を殲滅した。故に戦った。とはいえ、証明のしようもないのですが」


 悩ましい、と呟いてはいるもののその表情は無機質だ。

 だが戦う気がない、ということが本当なのはわかった。だが一つでも情報は得たい。


「名前は、あるのかい? 人型妖魔」

「肯定です。私は天叢雲あめのむらくも

「は、三種の神器と同じ名前とは恐れいるよ」


 そうですか、と無機質な返事が返ってくる。天叢雲にとって大した意味のないことだったのだろう。

 そして天叢雲と名乗る妖魔は「それでは」と言い残し、今度こそ夜の闇に消えていった。

 同時に炎の顔からはどっと汗が吹き出す。

 そもそも、炎は上空にいたことを察することができなかったのだ。この時点で決着はついていたと言っても過言ではないだろう。

 急ぎ提携している警察に連絡。二人の応急処置をすませ救急車が来るまでできることをした。

 数分ほどで警察と救急車が到着し、二人は病院へ入院することとなった。

 関係者に話を通し、驚異を語る。この情報は共有しないと被害がさらに広がる可能性が高い。

 そして一息つけるようになったところで深呼吸をする。


「……想定外のイレギュラーばかりだ」


 いや、イレギュラーは連続で続いているか。と自嘲気味に笑う。

 頭領である父親にも報告しなければいけない。少なくとも千代の連れ戻しの件は流すしかないほどの案件だ。


「この街は一体、なんなんだろうねぇ……」


 妖魔がいることは忍者として当然知っている。だが、想像以上に事態は悪い方向に進んでいるとしか炎には思えなかった。

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