第14話 確かな前進

「ぁ……あぁ……!?」

「文字通り手も足も、それどころか尻尾も消えちまったな」


 皮肉を込めた言葉を、嘲笑を交えて龍臥は呟いた。



「さて、さすがに頭だけになってもまだ意識あるのは想定外だな」

「主人様、お怪我のほどは……心配ご無用ですね」

「千代ォ……ぶぎっ!?」


 いかん、頭だけなのに動こうとしたので思わず地面に叩きつけてしまった。執念深い女だが、こうなっては長くないだろう。むしろすぐ消滅しなかっただけすごいんだろうが。

 だが地面にぶち当てられたにもかかわらずサソリ女は猛獣のように血走った目で俺たちを睨みつける。

 まぁ、だからどうしたとう話なのだが。


「お前はオカシイ……なぜ私ヲ見ても動じなイ!?」

「んなもん、お前みたいなやつが初めてじゃないだけだ」


 そう言った途端、サソリ女は目を見開き動揺する。

 本当ならさっさと消滅させて葉山の仇討ちを終わらせたいところだが……人間が妖魔になるというイレギュラーは無視するべきではない案件だろう。


「どうやって妖魔になった。ある朝目が覚めたら妖魔になっていました、なんていうわけじゃないだろ」


 素直に喋ってくれればいいのだが、そうしない場合は耳の穴に指を突っ込んで口を割らせるか……いや、それだと消滅速度が進むだけか。

 全貌とは言わないが、少しでも情報がわかればそれに越したことはない。


「言え。どうせ今から消えるしかないんだ。言えばすぐに楽にしてやる」


 少しだけサソリ女は口をつぐんだ後、諦めたかのように口を開いた。


「……千代を追ってここに来て間もナい時に喋ル妖魔に聞イた。少しずツ妖魔の一部を食べれバ力が手に入ルとね」

「! その喋る妖魔ってのはクワガタの姿をしていたか!?」


 そうだ、とサソリ女は肯定する。この情報は、予想以上の収穫だ。


「そいつは今どこにいる! 知っているなら教えろ!」

「知らなイわ……ただ、最初に見たときハ人の姿を……」


 そこまで言いかけてどんどんと頭が崩れていく。


「ここ、までネ……まァいいわ……どういう形デあれ高垣炎二勝てた」


 その言葉を最後に口が消滅し、俺の手からサソリ女は完全に消失した。

 まだ情報が欲しかったが、もうどうしようもない。最後に満足気に死なれたのは非常に業腹だが……。


「けど、これで当初の目標自体は果たせたか」


 葉山、満足な結果じゃないかもしれんが……これでお前を殺した奴はこの世からいなくなった。それだけでも、お前への供養とさせてくれ。


「主人様、見事なお手際でした」

「ありがとう。千代さんたちから見たらお粗末な点も多かったかもだけど」

「いえ、そのようなことはございません。現に炎姉様が敗れたのは事実です」

「そう言ってもらえたらありがたいかな」


 本心でそう思う。外傷が再生する驚異はあったといえど体力の方は違うというのが私見だ。

 サソリ女は先に炎さんによって根本的なダメージは蓄積されていて、再生にも体力が持っていかれているはずだ。

 俺のやったことは根本的には美味しいところを持って行っただけ、そう思っている。


「しかし主人様……先ほどの小山さんとの話を聞く限り人間の言葉を介する妖魔とは因縁がおありなのですか?」

「ああ、やっぱり気になる?」

「はい。不躾な質問であるとは重々承知しているのですが……」

「怒ってるわけじゃないよ。そうだね、いい機会だし話そうか」


 俺が今までやっていたことが大きく進展があったわけだし、そもそもなんで俺が妖魔狩りなんかしているのかっていう理由でもある。


「俺が妖魔を狩るのは母さんを殺した妖魔を探して復讐するため。そしてその妖魔は人の言葉を喋るんだ」

「なんですって!?」


 驚愕する千代さん。その反応から忍者の情報網でも今までそんな妖魔はいなかったのだろう。

 けれども俺はあの日、確かに見た。ヒーローのように強く、優しく、誰かを守るために戦っていた母さん。

 そんな自慢でかっこよかった母さんを、あの妖魔は殺した。

 だからこそ俺はあのサソリ女が人間の言葉を喋っていたことに驚くことはなかった。

 しいて驚くべき点をあげたらあの妖魔と違って人間の姿もあったこと。俺が見たあの野郎はでかいクワガタを模したものであり、通常の妖魔の範疇だ。


「まぁわかってくれたと思うけど、俺は常に私怨で動いているんだ。千代さんが忍者であろうとなかろうと、この根っこの部分は変わらないんだ」

「そういうことだったのですか……」

「そういうこと。で、俺の鋼鉄兵器……零式は母さんの形見なんだ」

「納得しました。主人様も辛い思いをされていたのですね……」


 千代さんは俺に近寄り、抱きしめる。そしてあやすように俺の頭を撫でてくれた。その手は柔らかく、そして暖かかった。


「……帰ろうか。あ、でも炎さんの方はどうしよう?」


 放っておくわけにもいかないしどうしたものか。千夜さんだけ先に帰ってもらって俺が交番にでも置いていくか……


「もう起きているから安心したまえよ」


 ニュッ、っと突然炎さんの顔が現れて変な声を出しかけた。

「おや、びっくりしないのか。残念だ」


 いたずらに成功した子どものように笑う。

 そんな彼女に呆気にとられるも、炎さんは「しかしそうか」と何かに納得したように肯いた。


「どうやって鋼鉄兵器を入手したのかは謎だったが……まさか君の母親からの受け継いだものとは。いやはや、興味がつきないねぇ」

「炎姉様、お怪我のほどは大丈夫なようですね」

「ああ。千代が介抱してくれたからだろうね!」


 すごくハキハキとしたいい笑顔だ。とても少し前まで倒れてた人には見えない。

 だけどこの状況は、まずい。

 そもそもこの人は本来、千代さんを追いかけてきた忍者だ。そして今は俺たちの前にいる。


「うんうん、戦闘終了後にも兵装を解除しないのはいいことだ。千代も彼の名前を言わずにいることも評価点だ。さすが私の妹。けれども……」


 シン、とほんのひとときだが静寂が流れる。

 身体に緊張感を取り戻させて、いつでも動けるように整える。


「なんでそこの彼を主人様とか言ってるんだい!?」


 が、想像とはまるで別方向の言葉が発せられて思わずこけてしまった。

 ちょっと待て、何を言っとるんだこの人。


「炎姉様、私が誰を主人様としようと私の勝手です」

「いーや、どこの馬の骨としれない男を主人扱いしているなんて姉として、上司として認めないよ!」

「お言葉ですが、私は抜け忍です」

「連れ戻すから抜け忍じゃありませんー! 残念でしたー!」


 先ほどの空気はどこへいったのか、唐突な姉妹喧嘩が始まり思わず頭をおさえる。

 さっきまであのムカデ女と殺し合いをしていたはずなのに、そうとは思わせない雰囲気の切り替え方には素直に感心するけども。

 はぁ、と俺がため息をつく間に二人の口論は続いていく。罵詈雑言、というほどのものではないが年相応と言った空気だ。

 まぁ根幹は千代さんが戻らない、連れ戻す、の平行線だから決着はつかないのは目に見えている。


「あの、とりあえず千代さんも炎さんも落ち着いて」

「了解しました」

「彼には物わかりがいいのが気に食わない」

「そんなこと言われてもなぁ」


 困った顔をせざるをえない。千代さんは俺の前に立って炎さんを心なしか警戒してるし……

 溝があるのはわかった、炎さん側は千代さんを連れて帰りたいのが真意だというのもわかった。処罰はあれど、処刑などする気はないだろう。


「ともあれ今回は互いに引くということでいかがでしょうか?」

「へぇ。私を殺すという選択肢はないのかい?」

「やるんならさっき助けてないですよ」


 それに言わないだろうけど、千代さんもきっと助けるだろうし。


「まぁいいさ。今回は命を助けられたから貸しとして受け取るよ」


 別に貸しとかはどうでもいいのだが、向こうが納得してくれるならそれにこしたことはない。

 それに、炎さんなら『優先順位』をこれ以上間違えることはないだろう。


「小山の件は完全に私の落ち度だ。早急に残った部下二人にも伝えるさ」

「そうしてください。では俺たちはこれで。千代さん、行こう」


 かしこまりました、と千代さんはうなずいた後、炎さんに視線を移して一言だけ、本当に小さく述べた。


「……自分の御命を大事になさってください、炎姉様」


 なんだかんだで、炎さんを心配しているんだな。

 なにはともあれ、と俺たちは炎さんを残してビルを後にした。


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お姉ちゃんは妹に弱いのです。

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