第8話 ファッションセンターストライク

「千代さん、変装とかできるの?」


 千代さんが来てから三日目の朝、彼女の美味しい朝食をいただきながら聞いてみる。


「一応できますが……何故でしょうか?」

「いやさ、昨日はスーパーで寝具や食材を買ったわけだけど今後のことを考えたらコンビニで買った衣服以外も新たに増やした方がいいなって思ってさ。一緒に買い物行こうよ」

「それと変装になんの関係が……」

「変装できたら向こうの眼をごまかせるかなって。幸い俺も素性はまだバレてないから早いうちに買い出しできると楽だし、何より男子が一人で女性物の服を買いに行くのは無理」


 一応顔立ちだけ見れば俺も女子だが実際に女物の服を買うとかありえないし、いろいろと怪しまれてしまうだろう。下手すりゃ警察案件かもしれない……おおテリブル。

 千代さんも納得したのか「そういうことですか」と手を叩くが、すぐに暗い顔になる。


「ですが私のことでこれ以上主人様のお財布を使うわけには……」

「今月分の仕送りはまだ結構残ってるから大丈夫」


 多分だけど。一応節約生活はしていたから貯蓄できている月もあるし。


「じいちゃんが俺の生活を援助してくれてるんだ。おかげさまでバイトもしてないガキが贅沢しなかったら困らないくらいの生活はできてるよ」

「そうでございましたか……ですがそれならなおさら私に使うのは」

「お金は大事な時に使うんだよ。俺にとって今後の生活で必要と思うから買いに行く、それだけの話だよ」


 実際、じいちゃんには感謝している。母さんとは喧嘩してそれっきりだったらしいのに、初めて会った時にこの家にこのまま住みたいという要望に応じてもらった上に、生活を援助してもらっている。

 だから千代さんのことも一旦正直に打ち明けた方がいいんだろうけど、きな臭すぎる案件にじいちゃんを巻き込むのも考えてしまう。

 だって忍者とか普通に聞いて信じてもらえるわけないだろうし。

 こう考えると俺はやはり不誠実だな、と軽く自己嫌悪する。うまくごまかることができるならいいんだけど……今はうまい言い訳を思いつかないから、保留するしかない。


「では少しお時間を。できれば覗かないでいただけると……」

「オッケー」


 軽く返事をし、風呂場の方にスマホを持って行き動画を見ながら待つこと十分。


『準備できました!』


 という声に反応して風呂場から出ていき、リビングに戻ると知らん人がいた。

 千代さんより身長が少し高めの帽子をかぶったボーイッシュな宝塚劇団クラスの女性が立っていた。

 眼を擦りもう一度見る。うん、やっぱり変わらないな。


「いかがでしょうか? 洋服は借りさせていただいたのですが……」

「誰!? 身長からして違う!?」

「千代ですよ。身長の方はこうちょっと身体の関節とかをいじりまして……」

「忍者ってすげぇな……」


 これはもうメイクの仕事とかで食っていけるんじゃないか? 身長をいじるとか離れ業でしょうよ。


「普通に不意を打たれたわ。髪は帽子で隠してるのか」

「はい。ここで今切るとさすがに迷惑かと思いまして……洋服は勝手にすみません」

「細かな気遣いが嬉しい……服は気にしないでいいよ。いやでも……」


 あらためてじっくり見るとこの変装、もとい男装は素晴らしい。

 髪の長さを帽子で隠している以外にも男性物の服、少しぶかついているのもあって男性と見間違えても不思議じゃない。身長も変わってるから彼女をよく知る人ほどわからないんじゃないだろうか。


「あの、あまり見つめられると恥ずかしいのですが……」

「ご、ごめん! 素直にすごいっていうのと、なんていえばいいのかな……綺麗だしかっこいいし隙がない。加えて可愛さも知ってるからギャップがすごい」

「かわっ!?」


 あ、一瞬で顔が真っ赤になった。やっぱりこの子可愛いな。


「うん、でもこれなら問題なさそうだね。あ、でも一つ大事なことを……」

「な、なんでしょう?」

「……服はファッションセンターとかでお願いします」


 予算は確かにあるが、ある程度リーズナブルでないと財布の中身が足りなくなりそうだから。


「もちろんでございます! そも私が贅沢言える身分ではありませんので」


 ニコッとはにかんだ笑顔で了承してくれた彼女は、とても可愛かった。



 というわけで近場のファッションセンターストライクにやってきた。

 服の値段も一着税込み九百九十九円からととてもリーズナブルなお値段である、庶民の味方である。

 しかし千代さんはキョロキョロと物珍しそうに周りを見ており、心なしか楽しそうにしていた。もしやこういう場所にも来たことないんだろうか。


「千代さん、ファッションセンターは初めて?」

「はい。恥ずかしながら……出かける時は姉様とセットで、こういう場所には来なかったものですから。あ、でもファミレスなどは行ったことはあります!」


 ふんす、と鼻息を荒げているところがちょっと可愛い。

 とはいえ、こうも喜んでもらえたのなら俺としては嬉しいところである。

 世のカップルとはこういうほんわかとした思いをしているのだろうかと考えると微笑ましいものだ。現実は知らんけど。

 それにファッションセンターならとくに問題が起きるわけもないだろうから安心できる。面倒な客はどこにでも一定いるけど、さすがにこの間のオッサンみたいな例はそうそうないだろう。


「よし、とりあえず身体のサイズは流石にわからんのでいろいろ選んできんしゃい!」

「はい!」


 トタトタと小走り気味に女性服のコーナーに行く千代さん。

 ……見た目とのギャップがあるが、走り方に全く無駄がないのがマジで怖い。伊達に忍者やっていないのだなとあらためて思い知らされる。足音聞こえないとか怖い。


「……とりあえずエコバッグは三袋もあればいいよな」


 最近はやたらエコだの省エネだのうるさいが、俺から言わせれば普段から持っていない方がおかしい。

 無料の時代から思っていたが、お店がくれるビニール袋に全部入りきらない可能性が多々あるのだから可能な範囲で用意はすべきだ。

 ま、個人でこういうことを思っている人間は一定数いたろうし、俺もその一人だけだし、なんならこの考え自体がほぼ意味がない。意味がないことを考えるのも生きている人間の特権だろう。

 それに有料でも無料でもビニールをゴミ袋にするためにたまにはもらってたし、文句など言うべきではない。今日も俺たち人間はこうやって誰かのおかげで生活できている、そう胸に秘めて生きておくと少しだけ楽に生きられる。

 そうやって目を瞑ってうむ、とうなずいていたら戻ってきた千代さんが不思議そうに首を傾げて俺を見ていた。


「主人様、なにかお考え事ですか?」

「少しね。まったく大したことないことだけどね」


 少なくとも千代さんの抜忍事情に比べたら間違いなく些細なことだ。


「ん? あの人……」


 と、千代さんの視線が出入り口付近に移る。そこにいたのは挙動不審な帽子をかぶった俺と同い年くらいの男子だった。


「あの顔……葉山か」

「お知り合いですか」

「クラスメイトだよ。にしても怪しい動きを……」

「あの手提げ袋に未会計の商品があるようですから、それのせいかと」

「は?」


 つまるところ、葉山は今まさに万引きをしようとしているところだと。そんなことをするような奴には思えないけど……


「いかがいたしましょう。制圧ならば容易にできますが」

「いや、穏便にすませる。千代さん教えてくれてありがとう。お財布を渡しとくから会計に行っといで」


 それじゃ、と千代さんに財布とエコバッグを預けて俺は葉山の方へ向かう。

 あっちはまだ挙動不審で行こうか、行くまいかと二の足を踏んでいる以上良心の呵責と責め合っているのだろうか。

 だが呵責を感じている分まだ情状酌量の余地はあるし、まだ未遂だ。つまりまだ犯罪者ではないのだ。

 そして後ろから肩を掴んで声をかけた。


「よう葉山。辛気臭い顔してどうした」

「ひぃっ!? お、鳳くん……?」


 葉山は俺に全く気付いていなかったようで、びくっと身体を跳ね上げた。

 若干その反応に面白さを抱きつつも、本題の方に入るため身体を引き寄せて耳打ちする。


『バッグになんか商品いれてるだろ。店員さんがさっきお前を見て怪しんでたから、会計とかしていないなら買うか早く戻しに行け』


 いいな? と圧をかけると葉山は勢いよく頭を上下させ、すぐにその場から離れて商品を戻しにいった。

 去り際に「ありがとう」と言っていたから自分の行動を間違っていると認識していたようでなによりだ。あの様子だと万引きしようとしたのも別くさいな……


「主人様、ことなきをえたようですね」

「千代さん。お会計は終わったようで。荷物は俺が持つよ」

「いえ。これくらいは自分で持ちまする」

「いいよいいよ。ただちょっと寄り道に付き合ってくれないかな?」

「構いませんよ。どちらへ向かわれるのですか?」

「うん、クビ突っ込んだからけじめをつけにね」


 多分、ここで放置すると余計な面倒ごとが後々に起きかねないから禍根は絶っておかないと。

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