第7話 幕間
「戻ったよ」
「どういうおつもりですか、御頭様」
炎が戻ってきて開口一番、部下である小山美希は咎めるような口調で問う。
(相変わらず神経質そうな顔してるなぁ。もう少し力を抜いたらクールビューティーで文句なしの美人なのに)
そんな考えをよそに何食わぬ顔で炎は「そう怒らないでよ」となだめるような声音で返事する。
「あの鋼鉄兵器所持者はあの場で拘束するべきでした。千代の件や妖魔の発生もあるというのに……不確定要素は即刻対応すべきです」
「正論だね。でも僕も無策で逃してあげたわけじゃないよ? それに彼は僕たちに敵対しているわけじゃないのはわかるだろう。むしろあの人物は僕たちの認知できていない妖魔を倒していた可能性もある」
だから今は泳がせておいた方が都合がいい、そう炎は断言する。
しかし小山はただでさえ千代という面倒事がある以上、手間が増える可能性を避けたいのも事実であった。
そんな折に後ろから「いいじゃないか」と言う声が上がった。
「ああ、山田と山下。先に戻ってたんだね」
にこり、と笑顔で残り二人の部下である山下光一やました こういちと山田弥助やまだ やすけにご苦労様とねぎらいの言葉を掛ける。
「御頭様が早々に片付けたって美希から連絡があったので、戻りました」
山下はタバコの火を消し、携帯灰皿に押し込む。この中で三十四歳と一番年上であるためかところどころくたびれている。
「自分も同様です。小山、君の意見も正しいが現状で害がない以上は放置でいいと思う」
山田はかけているメガネをとり、汚れを吹きながら自身の考えをいう。
「あんたたち……わかってるの? 国が管理できていない鋼鉄兵器なんて明らかに異常事態なのよ。それを放置だなんて……」
「現場判断ってやつだよ」
「御頭様、それは危険な判断です! そもそも私は千代のことも納得していません! 逃げ出したなら捉え次第即刻打首でいいでしょう! いくら歳若いからと言って甘く……!?」
振り返ろうとした小山の言葉と動きはそこで止まる。
彼女の身体は震えていた。寒いからではなく、殺気を察した本能的恐怖によってだ。
自分よりも圧倒的な強者が向けるソレは、身体の自由を奪う。
「小山。君の考えは僕に止めることなんてできないし、そんな権限はない」
穏やかではあるが、同時に冷徹さを孕んでいる狂気の声音。
トン、と肩に手を置かれると同時に身体がビクついてはねる。
「僕はなにぶん若輩者だからね、そんなヒヨッコが上司だなんて長く忍者をしている三人から見たらやはり不満はあるだろう。それでいう愚痴を僕がいないところで好き勝手いうのは全く構わない。むしろストレスフリーになるべきならそうすべきだ」
耳元で、吐息すらかかる距離。だがその息は今の小山を芯から冷え切らせるには十分なものだった。
「お、御頭様! その辺で! 気をお静めください!」
「言ってることとやってることが真逆になっていますよ」
山下と山田が二人を割るように入り込み、山田は小山の背中をさすりながら自然に距離をとらせる。
そして山田の一言が効いたのか炎も「ごめんなさい」と素直に謝罪する。
「……少し頭を冷やしてくるよ。小山、本当にごめん」
そう残して部屋から出て行き、残ったのは三人だけとなった。
数分ほどしてからようやく緊張の糸が途切れたのか、山下が大きくため息を吐いて腰を落とした。
「……相変わらず歳に似合わず怖い上司だなぁ。美希、大丈夫か?」
「……だい、じょうぶ」
「小山、千代嬢の件は思わないわけではないが御頭様の前で言うのは迂闊だぞ」
はぁ、と山田も息を吐く。先ほどまでの空間で二人は殺気こそ向けられなかったが、それでも行動するのに時間を要した。
それだけ炎の殺気は凄まじかったのだ。
「一応歳こそ若いけど基本的には話も聞いてくれるし、改善にも努めてくれるいい上司なんだからよ。実際給料も増やしてもらったり福利厚生は良くなったんだからさ。考えがあるなら従っておこうぜ」
「で、も……」
「千代嬢の件も打首とか言わなかったらここまでにはならなかっただろう。疲れてるからつい出たのだろうが……ともあれ今日はもうゆっくり休め」
こくり、とうなずく小山。
「しっかしあの御頭様も本当に妹好きすぎだろ。千代ちゃんもこうなる前は仲良い姉妹だったのに……」
「優秀な選手が優秀な監督になれるとは限らないだろ。千代嬢は忍者として優秀で適性もあるが、性格的に向いてなかったということだろう」
男二人はまたため息を吐く。
山下、山田、小山は見習いの時代からの縁がある三人だ。だからこそ助け合いもする。
しかし二人はわかっていなかった。小山の苛立ちが別にあるということに。
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