第6話 帰宅

「おかえりなさいませ……って、り、龍臥さん!?」


 息を切らして帰ってきた俺を見て驚きながら出迎える千代さん。


「……なんかやばい忍者に会った」

「昨日の今日で忍者に会ったのですか!? なんというか……どういう星の元に生まれているのですか」


 そんなことは俺が聞きたいくらいだが……会ってしまったものは仕方ない。


「しかし無事に帰ってこられて幸いでした。忍者も民草を護るための者と言えど鋼鉄兵器を持たれている龍臥さんを警戒していてもおかしくはありませんから……」


 そう言ってほっと胸を撫で下ろす千代さん。こういうところは年相応な少女のようで見ていて微笑ましいし、本当に心配してくれているようだから嬉しい限りだ。

 そして改めて今日会ったあの忍者には末恐ろしい何かを感じとれた。人間十人十色というが腹が読めなさすぎて怖いというのが正直な感想だった。

 ともあれ向こうに争う意思がないのは不幸中の幸いだ。千代さんの関係者っぽいし今後のためにも聞いておいた方がいいだろう。


「その忍者、炎って言ってたけど……上司かなに」

「ほ、炎姉様!? あ、失礼しました……」


 食い気味に大声で遮られる。一瞬でシュンとなる姿は愛らしい。

 アレだな、千代さんはマスコットキャラ的なポジションで愛されるタイプだな。


「大丈夫だよ。姉様っていうことは血縁者かな?」

「はい、異母姉妹です。年の頃は龍臥さんと同じです」

「アレで俺とタメかよ」


 本能的に俺がビビった相手が同い年とか信じたくない。圧とかめっちゃすごかったし。

 苦い顔をする俺に対し千代さんも困ったように笑う。

 ……さらっと異母姉とか言ったのは触れないでおこう。信頼関係がほとんどない人間に対して踏み込みすぎるのはいいことじゃない。

 彼女がいずれ話してくれるならそれでいいし、話さないでもそれはいい。

 人間関係の距離感っていうのはとても難しい。コミュ障の俺はそういう人の機微には疎いし、近くのは怖い。

 ……冷静に考えてみれば千代さんをここに連れこんだのもどうかと思うけど、もう過ぎたことだ。どういう結果になろうとも、後悔だけはしないように過ごしていきたい。

 少なくとも、『アレ』との因縁をどうにかするまでは死なないように立ち回ろう。


「にしても今さらだけど忍者っていつから存在してるの? 歴史があるのは間違い無いだろうけど」

「私の家系に限って言えば江戸時代からの血筋になります。なんでもご先祖様が当時の忍者を助けたのがきっかけだとか。国に使えている忍者もいますが」

「流派みたいなのがあるの?」

「ございます。有名なところで言えば甲賀や風魔ですね。とはいえ私も詳しくは知りません」

「知らないの!?」

「お恥ずかしながら……まぁ私は忍者嫌いですので」


 唐突にすごいことをぶっちゃけたぞこの娘。

 ちょっとこっちから聞こうとしないって決めた矢先からブッコムのはびっくりしたわ。

 ……まぁでも嫌いじゃなければそもそも追いかけられたりしていないか。


「千代さん、俺から聞くってことはないから、そこは安心してね」

「あ、ありがとうございます。ですが……龍臥さんが出ている間に私も考えてたことがありますので」

「考えていたこと?」


 はい、と千代さんはうなずく。


「こうも早く炎姉様とあってしまったのも、きっと私を後押すための縁だったのでしょう。それに察せられていてもおかしくはありませんので」

「千代さん……」

「私は、いわゆる抜忍と呼ばれる者です」


 抜忍。

 自分の所属する組織を抜けたからこういう表現なんだろう。そんな俺の考えをよそに千代さんは続ける。


「忍者は国のために妖魔を成敗するのがお役目です。しかしそれには当然命の危険が付き纏うことになります。私はそれがどうしても嫌で、逃げ出したのです」


 俯きながら彼女は言い切る。このことを言うのにどれだけの覚悟がいるのか、相当葛藤したのだろう。

 けれども俺は千代さんの行動を否定することはできない。誰しもが自分の命を危険にまでさらして誰かを助けたいなんて思うはずがないんだ。

 そんなことができるのはよほどの人格者か、それとも何も恐れない馬鹿か、歪んだ教育を受けたものだけだ。

 千代さんの育った環境はきっと俺が思うよりもはるかに特殊なんだろうし、その環境に染まりきっていないということはきっと彼女は『まとも』なんだと思う。


「……ですからお世話になったのに大したこともできませんでしたが、私はここから……」

「出て行かなくていいよ、千代さん」


 え? と彼女は驚いたように顔を上げて俺を見る。


「事情はおおまかにとはいえわかったし、今回で俺も睨みをつけられたんだ。もう無関係とは言い張れなくなっちまったし」

「で、ですが」

「ですがもかかしもない。それにさ、俺も千代さんいないと困るよ。こんなにきれいな部屋や料理まで作ってくれるんだし。気にしてるって言うなら改めてその対価として家事代行をお願いするよ」


 俺にとっての都合の良い条件。そして宛のない彼女にしても良い条件。

 もしこれが完全に見ず知らずの人間であるなら俺はきっと追い返しているだろう。しかし、短いながらも俺は彼女と共に過ごした人間だ。今後どうなるかは知ったところではないが、夢見が悪くなるのは困る。

 当の彼女は挙動不審になっているが、くしゃりと頭を撫でてやる。


「ひにゅ!?」

「せっかく抜け出したんだろ? 結末はどうなるにせよさ、今くらいは甘えたりわがままは許されるさ」


 仮にこの件で俺が忍者に殺されたとしてもそれは彼女を抱え込むと決めた俺の自己責任だ。


「本当に、いいのですか……?」

「いいんだよ。俺は俺の都合で、千代さんは千代さんの都合で。まぁもし本当にどうしようもなくなってしまうなら……最後にキスでもしてもらおうかなーんて」

「ほにゃあ!?」

「冗談だよ。初々しい反応だなぁオイ」


 ウブなのかムッツリなのか。多分前者なんだろうけどこういう表情を見ている分にはやはり年相応の少女だ。


「ま、とりあえずは契約持続という方向で、よろしく」


 笑顔を意識しつつ手を伸ばす。千代さんは少し迷ったが、その手を握りかえしてくれた。

 こうして彼女がまだここに住むことが確定した。


「……本当にありがとうございます、主人様あるじさま」


 潤んだ瞳に笑顔で返す千代さん。この笑顔はどうにかして失わないでもらいたいものだ。


 ……………………………………………ん? ちょっと待て。今この子『主人様』って言った?


 いや、俺の聞き間違いだろう。もう一回聞けば名前で帰ってくるだろう。


「千代さん、今俺のことなんて言った?」

「? 主人様ですが」


 不思議そうにキョトンとしているが困惑しているのはこっちだ。


「え、急になんなの主人様って!?」

「はい、これより龍臥さんを私にとっての主人様とさせていただきます。巷で流行っている『めいど』という形で」

「おかしくない!?」


 嫌だ、急にどうしたのこの子。ぶっ飛びすぎでしょ。


「ではあらためて……不詳ながらこの高垣千代。不束者ですが、どうぞよろしくお願いします」


 動揺する俺をよそに千代さんは丁寧に頭を下げていた。

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