第9話 仲裁

 ストライクから十数分ほど離れた公園、気弱な葉山はオドオドとした様子で辺りを見回す。


「……その様子だととってこなかったんだ、葉山」


 冷たい声が葉山の耳に聞こえる。視線をブランコのある方へ向ければ葉山に万引きをさせようとしていた主犯、佐竹が座っていた。周りには取り巻きである屈強な男子が十人近くいる。


「佐竹くん……」

「残念だな。ちゃんと持ってこれたら友達として認めてあげようと思ったのに」


 スマフォに視線を移しながら、かけらも気持ちのこもっていない言葉を出す。

 佐竹は葉山の幼稚園の頃から中学までの同級生だった。ずっといじめられていた葉山は高校になって別の場所になり安堵していたが、佐竹は『おもちゃ』として未だに彼の前に立ちはだかった。

 昔からそうだった。

 弱いからいじめられ、そして強い佐竹は周りに強い人間で固めて彼を貶めることに精を出していた。

 正直、今でも怖い。足だってガクガクと震えており、涙だって出そうだった。

 いじめられていたことを誰にも相談できずに生きてきた。きっと一生惨めに生きていくのだろう、そう思っていた。

 そんな葉山を、何も知らない鳳龍臥という人間が救ってくれた。最後の線を超える手前で止めてくれたのだ。

 クラスメイト、それだけの共通点しかないというのに龍臥は間違いなく葉山の心を救った。


「さ、佐竹くん……ぼ、僕にもう関わらないで」


 だから震えながら、初めての犯行を見せた。

 きっと意味はないだろう。けれども、意思を示さなければ葉山自身が先に進めない。

 少しの無言の後、佐竹は「やだ」と一言だけ発した、

 そして指を鳴らした後、周りの取り巻きが動き始める。暴力に訴えて葉山の心を折るために。

 それでも、意地を貫こうと決めていた。葉山の人生で一番大きな決断だから。

 へっぴり腰ながらも構え、その姿を見た取り巻きは笑っている。

 その直後、葉山の背後から誰かが通りぬけると同時に取り巻きの一人の顔面に拳が撃ち込まれ後ろへとふっとんだ。


「あ?」


 不機嫌そうな佐竹の声。


「よく言った葉山。後は俺が引き受けてやる」


 現れた影は、鳳龍臥だった。

 むしゃくしゃとした佐竹は頭をかきむしりながら「こいつもやって」と残った取り巻きをけしかける。

 龍臥はニィ、と笑い拳の骨を鳴らす。

 そこからは一方的だった。曲がりなりにも佐竹の取り巻きは喧嘩の心得があり、中にはボクサーくずれもいる。

 そんな取り巻きがなす術なくただ一人の男に蹂躙されていた。

 攻撃は全て流され、返しは的確に急所へ一撃で戦闘不能に陥る。ほんの数分にも満たない時間で佐竹の取り巻きは全滅していた。


「お、鳳くん……」

「さて、お前と葉山の深い過去なんぞ俺は知らんし微塵も興味ないんだが、葉山はお前を拒否したんだ。今までのことを水に流すのは無理だろうが手打ちするなら今だと思うぞ」


 完全なる部外者たる龍臥の言葉に当然佐竹は納得するはずもなかった。


「ふ、ふざけるな! お前誰だよ!?」

「お前が知らん人」

「確かにそうだけど今はそういう返答じゃないから! 無関係の人間が俺と葉山の問題に口出すなってことだよ!」

「葉山がお前を拒否、以後関わるな。それがいやだからお前が暴力で解決しようとしたから無関係の俺が暴力で口をはさみに来た。取り巻きが全滅した以上お前はもう葉山の意見を聞くしかないと思うぞ? 俺はどっちかと言えば葉山寄りだから」


 ははは、と笑いながら龍臥は伸びをする。歯牙にもかけていない以上余裕であるのは見て取れた。


「〜〜覚えていろ!」


 佐竹は唇から血が出るのではないかと思えるほど噛み締め、捨て台詞をはいて取り巻きを置いて逃げていった。


「覚え切れる気はしないな。完全初対面だし」

「お、鳳くん……あ、ありがとう」

「ん? 気にしなくていいぞ。それじゃ気をつけて帰れよ」

「え、でもお礼を……」

「いらん。半端に首突っ込んだままにしとくのが嫌だっただけだから気にするな」


 だから気にすんな、そう言って取り巻きの方に視線を向けていく。いなくなってすぐに葉山へ報復しないとも限らないからだ。


「ま、また学校で会った時にでも話そうぜ。今俺もちょっと立て込んでるからさ」

「わ、わかったよ。でも、本当に……本当にありがとう!」


 深く、深くお辞儀と感謝の意を述べて葉山は去っていった。

 そして取り巻きたちは起きた後、龍臥を見た瞬間に蜘蛛の子を散らすように逃げていった。



「これでもう絡んでくることはさすがにないだろ」


 ふぅ、と一息つく。

 葉山に限らずああいう手合いの輩に対しては人間はどうしてもびびるものだ。それでも啖呵切れた葉山は思った以上に根性が座っていたようだ。

 ようはきっかけだったのかなと思う中、千代さんがいつの間にか隣にやってきていた。

 気配なさすぎて一瞬びびった。


「お疲れ様です主人様。見事なお手前で」

「ありがと。でもごめんね待たせてる間荷物持ってもらって」

「いえいえ。この程度のお荷物……そもそも買っていただいたものですから私が義務でございます」

「そういうもんかな?」


 そういうものです、と千代さんは大きく頷く。


「いくら不良でも妖魔と比べれば赤子のようなもの。文字通り場数が違いますのでやはり主人様は一般人の範疇から見れば強すぎるのです」

「……正直千代さんには勝てる気はしないけどね」

「私は主人様に刃など向きませんよ!?」


 めちゃくちゃ動揺している。とはいえ茶化した風に言ったが本音を言ったつもりだ。

 千代さんの姉、炎さんは間違いなく俺より強い。他の忍者もいるわけだし、向こうの総合戦力は未知数だ。


「ごめんごめん。でも千代さんから見て生身の俺と一般的な忍者と比べたらどう?」

「ふむ……そうですね」


 少し顎に手を置いてから考え込み、結論を話してくれた。


「一対一であれば四:六……いえ三:七で主人様が不利かと。少なくとも忍者が二人いたら勝ち目はありませんね」

「そっか。やっぱり戦力差があるな……」

「主人様、卑下なさらないでください。そも忍者とまともに真正面から戦える人間の方が珍しいのです!」


 慌てた様子でフォローをいれてくれる千代さんの表情は不安そうになっているが、頭を撫でるとすぐにふにゃっと表情を和らげる。ころころと表情が変わって見ていて飽きない。


「落ち込んでないよ。タイマンなら勝ちの目が少しでもあるなら幸いさ」

「ならばよいのですが……いえ、まぁ忍者じゃない主人様がある程度戦えること自体がすごいのですが」

「そう言ってもらえると嬉しいな。それじゃ、帰ろっか」

「はい!」

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