第4話 家事万能クノイチ
「ただいまー」
「おかえりなさいませ、龍臥さん。随分と時間がかかったようですがなにかあったのですか?」
「ちょっとね。理不尽なおっさんがキレて俺をぶん殴ったてきたから殴り返してた」
「なんと!?」
素直に驚く千代さん。なんだか小動物のようで可愛く見える。
「まぁでも目当てのものは買えたから。ほら新品の毛布と布団」
ふふふ、とちょっと悪そうに笑いながら千代さんに品物を見せる。
「おお! ほ、本当にこれで眠らせていただいてよろしいのですか?」
「もちろん」
「ありがとうございます! しかしアレですね、昨日は感じる余裕がなかったのですが……異性とこうやって一つ屋根の下で過ごすのは」
ぽ、と千代さんは顔を赤くさせる。昨日もだけどこの子もしかしてムッツリスケベかな?
とはいえ冷静に考えれば付き合ってもいない男女が一つ屋根の下に一緒にいる、というのは側から見れば健全な生活とは思えないだろう。
まぁ俺も思うことがないかどうかと言われればない、とは言い切れない。健全な男の子だし。
……今はそれは置いておくか。
「そういえば俺が出かけている間に片付けをするって言ってたけど……おぉ?」
素直に驚嘆の声を漏らす、
散々っぱら散らかしていた俺の部屋が広々とした空間を取り戻していた。
細かいところで言うならどうやったらこんなに絡まるの? っていうくらい絡んでいたコードが綺麗にまとめられていた。
床もチリすら見えない。俺が出て行ってここに戻るまで聴取の時間を含めても、二時間と少ししか経っていないのに。
「いかがでしょう?」
「すっげく綺麗になっててびっくりしてる。え、千代さん家事万能……」
「お褒めいただきありがとうございます。まぁ昨日も言いましたけども、部屋の方はこれよりひどいものを知っていますので、本当にそれに比べたら全然ましでした」
「千代さん」
「はい?」
ガシッと彼女の両手を掴み、まっすぐに見つめる。
「ふぁっ!?」
「これからもよろしくお願いします!」
「こ、こちらこそよろしくお願いしますでございまする!?」
若干バグってらっしゃるようだけど、改めて千代さんにいてもらうことにした。
いやはや、このクノイチ家事万能とか最高かよ。可能な限りいてもらいたいわほんとに。
※
「……もう十時か」
「龍臥さん? どうされたのですか」
俺の呟きにお風呂上がりの千代さんが反応する。まだドライヤーをかける前だったので湿っており、タオル一枚で立っていた。
「日課の方をね……ってあえ!? 千代さんなんでタオル一枚!?」
「あ、すすすすすすみませぬ! なにやら重い口調で呟いておられたのでつい気になってしまいまして! 申し訳ありません!」
「いいから服を早く着て!」
正直健全な男子高校生には本気で目のやり場に困る毒だから! この娘は自分の魅力をしっかりと把握した方がいい!
と、少しして俺が用意していたパジャマがわりのジャージを着て再び現れる。
「お恥ずかしいところを……」
「気をつけてね……千代さん可愛いんだから……」
「かわっ!? こ、今後は気をつけます……」
ボンっと今度は顔を真っ赤にして俯く。素直に聞き入れてくれるのはありがたいことだ。
きっと彼女はいわゆる天然というものなんだろうな。でも忍者の家系であるわけだし世情とはかけ離れているからしょうがないのだろうか。
……ま、今は考えても仕方ないだろ。この家で過ごしてもらう以上、千代さんにはどうせ話さなければいけないことだから彼女から聞いてくれたのは助かった。
「千代さん、俺これから出かけてくるから」
「……そういえば昨日もなぜあんな夜更に外に。私はおかげさまで助かりましたけど……学生のハメはずしというにはいささか危険すぎますよね。それに……」
「鋼鉄兵器のことでしょ。でなきゃ俺みたいな一般人が妖魔と渡り合えるわけないからね」
「ですね。アレほど痛めつけるのは忍でも精鋭の者でなければ……そうでなくても複数人でかからねば難しいですね」
え、待って、一対一ならやりあえるの? 忍者怖っ……
て、違う。そうじゃない、今重要なのは忍者の強さじゃない。
「一つ目的があってね。今んところ全部外れてるし、もしかしたらこれからも外れるかもしれないんだけど……妖魔狩りをしてるんだ」
「まさか今までもたった一人で?」
「高校に入ってからだけどね。……忍者に会うのはさすがに初めてだったけど」
「そういえば龍臥さんのお歳は?」
「十七。母方の祖父母のおかげで今はここに暮らししてるんだ。そういえば千代さんは何歳?」
「つい先日十六になりました」
「一つ下なんですね。その割には……いや、どう例えるか……」
千代さんは確かに幼さの残る顔立ちではあるが、どこか大人びている部分も昨日の時点で見えた。
そもそも妖魔っていう存在と戦っている場所にいた人間だから達観してそうではあるという偏見はあるけど。総合してみれば年相応、なのか?
「ぅん?」
可愛く小首を傾げながら俺を見つめる。うん、可愛いからいいや。可愛いは大正義。
「んんん! まぁそういうわけで俺はでかけてくるから! 千代さんは留守番をお願いね!」
「あ、龍臥さん!?」
ともあれこれ以上深くは今、千代さんに話すわけにはいかない。
振り切るようにコートを素早く羽織り、家から出て行った。
※
「行ってしまわれた……」
追いかけるのは容易いけれども、お世話になっている龍臥さんの邪魔をしてしまうのは申し訳ない……
しかしあの人が妖魔狩りをできている、というのは不思議な話である。妖魔の案件は国が私たち忍者に対しても依頼を出して退治するような化け物だ。
インターネットが普及している世の中だから存在こそ隠蔽はできていないものの、普通は知っている人間の方が少ない。さらに言えば鋼鉄兵器を知る人間はもっと少ない。
アレは実戦経験が豊富であり優秀な人間にしか配られない。警察や自衛隊でもごく一部の人間にしか配られない兵器であるはず。
「そんな代物を一体どこで……いや、それよりも気にするべきは」
龍臥さんの使用していた鋼鉄兵器、アレは……私が知っている限りの最新の物よりも『高出力』だった。
「一体、どうしてそのようなものが……」
疑問が募る。私たち忍者や国が知らないというだけでも疑問なのに……いや、それよりも。
「……大丈夫でござるかな」
単身で戦い続け、今も生きているとはいえど次もそうだという保証はどこにもない。
妖魔との戦いは文字通りの命をかけた殺し合いなのだから。
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