第3話 デパート

「ここが龍臥さんのお住まいですか。ですが……」


 部屋に入れて早々にうわぁ、という千代さんからこぼれる。


「足の踏み場こそありますが、汚いですね……」

「すいません……」


 グゥの音も出ずに素直に謝る。そりゃ部屋に入って早々にゴミ袋がいくつも散乱してるし、特撮関連のグッズもそこらにばらけておいてある。加えてシンクの方にも洗い物が二日分溜まっている。

 だいたい数日おきにしか俺は食器も洗わないし、洗濯もしない。


「夜な夜な妖魔狩りしてるからついさぼり気味に……」

「え? そのように日常的に妖魔狩りをしているのですか?」

「ん、まぁちょっとした理由があってね」

「理由は、聞かないでおいた方がいいですよね」

「そうしてもらえると助かるよ。それで掃除……できます?」


 今ここで重要なのは千代さんのお仕事ができるかどうか、だ。

 千代さんは「ふむ」と言ってから奥のリビングの方へと足を踏み入れる。そして中をじっくりと観察し、もう一度「ふむ」とうなずいた。


「問題はありません。もっとひどいものを知っていますから」

「え」


 俺よりひどい、だと……それはそれでちょいと見てみたいものだが。


「というか今更だけど忍者も掃除ってするんだね」

「当然です。もちろん苦手な人間もいますが私は比較的掃除はできる方かと。ですのでお任せを。しかし今日はもう夜更ですから一度睡眠を取りましょう。なにぶん追いかけられたせいで私も疲弊していまして……」

「明日にできるならそれでも。まぁ俺も疲れたし……千代さんは布団使ってね。俺は雑魚寝するから」

「え!? いえいえ急に押しかけたような私が布団など贅沢はできません! 龍臥さんがこの部屋の主人なのですから布団でお休みください!」

「いやいやいや! 俺は掃除とか明日からしてもらうんだからそれこそ万全にしてもらわないと!」

「いやいやいや」

「いやいやいやいやいや」


 互いに寝床を差し出すことを譲らずに数分ほど言い合いを続け、明日以降無用な言い合いが起きないように来客用の布団を買い、今日は客人として千代さんに布団で寝てもらうことで妥協した。


「それじゃあおやすみ……」

「おやすみなさい、龍臥さん」


 こうして慌ただしい千代さんとの生活最初の夜は終わった。

 そして翌日。土曜日であることも相まって朝十時と遅くに起きたがすでに千代さんは起きており朝食が作られていた。

 味噌汁に焼き魚、雑穀米と純和風なメニューだ。


「おはようございます龍臥さん。私も少し遅く起きてしまったのでこれくらいですが……」

「いや、すごい嬉しいよ! ありがとう千代さん。美味しそう……いただきます」


 丁寧に手を合わせて味噌汁をひとすすり。薄味だが、ほどよい風味と合わさって胃にしっかりと染み渡り身体全体を温めてくれる。

 魚もほどよく柔らかく旨味が口に広がり、塩味が魚の味を活かしている。


「うまい……うまい! 米もがんがん進む!」

「お喜びいただけたようで何よりです」

「うん! 本当にありがとう。これだけですでに感謝の念が尽きないよ」

「そう言っていただけると嬉しいですね。えへへ」


 綻ばせる笑顔が可愛い。

 いや、こんなに器量よしで料理上手とか完璧すぎるだろ。


「千代さん、何度も言うけど本当にありがとう」


 焦らずよく噛み、しっかりと味わって栄養をしっかりと身体に染み込ませる。

 男料理しかしないから本当にありがたい。これは千代さんの寝る用の布団はいいやつ買ってこよう。



 我が家から二十分ほど歩いたところにあるデパート、デルタライズ。そこで寝具コーナーでいいものを見つける。

 値段こそなかなかするが、多目に予算を用意しておいたから問題ない。


「あの、お客様。差し出がましいようですが配送サービスしなくてよかったでしょうか? 敷き布団だけならまだしも毛布までとなるとお一人では……」


 と、ここで寝具コーナーまで案内してくれた若い男性店員さんが心配してくれたのか提案してくれる。

 まぁなかなか見た目からして大きいし、一人で来たことを伝えていたからこその案だろう。

 しかし俺はこう見えて力持ちではあるから、紐でひっかけることさえできれば持っていける。


「いけます! こう、紐でくくらせてもらえば」

「わかりました。ではレジの方へ。一つはお持ちしますね」

「ありがとうございます」


 店員さんが毛布を持ちつつ、それにお礼を述べてレジへと向かう。が、その時にレジの方で大声が聞こえた。

 なんだなんだ、と思いつつ視線を向ければ並んでいる柄の悪い小太りした中年オヤジが前方の老人とその息子さんを怒鳴り散らかしているようだった。


『遅いんだよ! 爺さんもっとキビキビ動けないんか! そこの連れ添いもちゃんと面倒みやがれ! テメエらのせいでみんな迷惑してんだよ!』


 なんでそんなにイライラしてるのかわからんが、見ていて気分がいいものではない。

 しょうがないので止めに入る。


「そこのお父さん」

「ああ!?」

「そんなに怒ってもいいことありませんよ」

「だったら俺じゃなくてあのジジイたちに言え! あいつらがもたついてるせいでみんな迷惑してるんだからよぉ!」

「俺は別に迷惑じゃないんでこの時点でみんなじゃないですね」


 ハァッ!? とオヤジはメンチを切ってくる。自分の意にそぐわないのがよほど嫌なんだろうか。

 まぁここはとりあえず個人の感想を述べさせてもらうとするか。


「もたついて嫌なら他のレジに行けばいいんですよ。そんなキレることと違いますから。それに見たところ商品も少ないようですし、怒るよりはレジ移動の方が楽ですよ」

「うるせぇ! 俺が行く道理がねえ!」


 うわ、典型的にめんどくさいタイプのオヤジだよ。たかがレジ並ぶのでそんなにキレんでもいいやん。

 やれやれ、とため息を吐いた時に顔面に衝撃が走った。


「外野は大人しく黙ってろクソガキが!」


 感情に振り回された目の前のオヤジが俺をぶん殴ったようだ。たいして痛みはないが思わぬ衝撃で敷き布団を落としてしまった。


「ちょ、お客様大丈夫ですか! ちょっとあなた、暴力はいけません! 警備員呼びますよ!?」

「うるせえ! お客様は神様だろう? だったら店は大人しく黙ってろ!」


 毛布を下ろして店員さんは俺を心配し、すぐにオヤジを睨み付ける。それに対してのこの言動、容赦の必要はないだろう。


「店員さん、俺が殴られたの見ましたよね。これって防犯カメラにも映ってます?」

「え、ええ。レジ付近にはカメラがありますけど……」

「じゃあ正当防衛には十分な理由づけできますね」


 え? と店員さんが言う間に俺の拳はオヤジの顎を思い切り撃ち抜いた。

 手加減こそしてるが、一発は一発だからしっかり返させてもらった。柄が悪いだけの中年オヤジなぞこれで脳を揺らすには十分だ。


「お……ぉ……!?」


 案の定脳震盪を起こしてオヤジは立っていられず、そのまま寝転んでいる。


「すいません、お騒がせしました。警備室に行く前に会計だけすませたいんですが……大丈夫です?」

「あ、は、はい……」


 ありがとうございます、と一言だけ店員さんに言って周りにも謝罪する。その間にオヤジは駆けつけた警備員に連れて行かれた。


「あ、あの、先ほどはありがとうございました!」

「ほんにすいませんのぉ。わしが遅かったけんのぉ」


 と、会計を済ませると同時に絡まれていたおじいさんとそのお孫さんからお礼の言葉を言われた。


「気にしないでください。それにしても嫌ですねぇああいう客は」


 カラカラと笑いつつ、早く警備室に行かねばと待ってくれているはずである店員さんの方を見て「失礼します」と二人に挨拶をして俺はその場を離れた。

 後ろから「本当にありがとうございました!」とまた聞こえ、振り返って手を振って別れて店員さんと店のバックヤードに向かった。



「クソ! クソクソ! 出禁とかふざけるんじゃねえぞクソが!」


 店で暴れていた男、山下はコンビニで買った缶ビールを片手に路地裏でゴミ箱を乱暴に蹴り飛ばす。

 結論から言えば今後山下はデルタライズの敷居を跨ぐことはできなくなった。

 レジに並んでいる最中での暴言、仲介に入った龍臥を殴った上に警備員たちにも罵声を浴びせて悪質な客と判断されたゆえだ。

 そして山下を苛立たせたのは龍臥の態度と待遇のせいだ。


「あのガキだって一発俺を殴ったのにお咎めなしとはどういうことだ! ああ、くそ……酒でも飲まなきゃやってられねぇ……家族にも連絡されるし、クソ……」


 自分勝手かつ反省の色はないようだった。

 電話口から妻にも散々と怒りの罵声を浴びせられ、鬱憤はたまる一方だった。

 だから山下は背後から来る者に気付けなかった。


 ぬちゃり、と頭の上にねばついた液体が落ちてきた。


「あ? なん……」


 上を向いた瞬間、ギチギチと昆虫を思わせる口が見えた。

 だがそれ以上を山下は把握することはなかった。次の瞬間には頭を噛み砕かれたのだから。

 骨を砕き、ゆっくりとソレは咀嚼していく。

 そして味に不満があったのかほとんど原型を留めていない頭の残骸は吐き出された。

 主人を失った首からは血が溢れ出し、力なく地面に倒れて地面を血が流した。

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