16 復讐じゃない……復讐


 オスタネス家の馬車をみて、思いだした怒り。

 その気持ちがなにかを確かめたくなって私は店を飛び出しました。


「アンナ。どこいく? 店じまいにゃ早いだろ」


「ちょっと出てくる。お店をお願いします」


「あ、おい」


 べつに何かをしようとは思うったわけではありません。

 謝ってほしいとも思ってないし、顔も見たくないほど嫌いです。


 復讐? マリアの復讐なんてもってのほか。

 後ろ向きのバカバカしい行為です。いまの生活を壊すだけです。


 追いかける足が止まらない。

 馬車の後をつけている理由を、私自身が知りたいくらいです。


 怒りはもちろん、バルバリに対するもの。

 けど喉に食い込んだ骨のように、何かがひっかかっるんです


 人込みに邪魔されて馬車の進みはノロノロです。

 ふらついて飛び出した酔っ払いを御者が脅しつけました。

 酔っ払いは舌打ちして去りました。哀れですね。

 貴族への不敬は切り殺されてあたりまえだったのが、今や市民は侮ってる。


 急がなくても追い付けそうです。

 人のいない路地の影隠れて、錬成陣の紙スクロールで髪の色をブラウンから黒へ変えました。黒は私本来のカラーです。


 しばらく行った馬車は人気のカフェの前で停車。

 御者が足台を置いて、降りてきたのは案の定、バルバリでした。

 片腕に5つづつの精霊瓶を吊り下げてます。趣味の悪さは相変わらずです。


 グレンやスイレンも一緒かと期待しましたが、続いて降りてきたのは見知らぬ女性。

 とても若い女性でした。かつて、あの男と結婚した私と同じくらい。


 私はバルバリの子種機能を壊し、子供の作れない体にしてます。

 女を、跡目製造機としか考えてないあいつに懲らしめ、反省させたかったのです。

 そんな小さな復讐で溜飲を提げたのですが。


 バルバリがやさしく手を差しだす様子を目にしたとき――年若い女をカフェに伴うなんて反省の色がない!――私の中で何かが弾け、怒鳴りながら飛び出してしまった。


「バルバリ卿! 女グセが悪いのは相変わらずですね!」


「誰だ?……その黒髪、まさかメイラか?」


「そうですよっ」


「息災か。何をしに来た。」


 息災ですって。家を壊しハレルヤを殺し子供たちを奪っておいて。息災ですって!?


「……分かりませんか。マリアのかたきです」


「死んだのか」


「死にましたよ。恨み言をたくさん残して」


 嘘です。かたきも恨み言も。

 でも彼女だって復讐したい。そうに決まってます。

 そのために開発した攻撃錬金術なのだから。


 私は、文字を2つ描きました。視界の中央を円にみたてて2文字の陣。

 これが錬金術における簡略陣。研鑽の果てにマリアが到達した錬金術の攻撃法です。


 事前に素材を用意する必要がありません。

 辺りにあるものを素材にして発動する。攻撃錬成の怖いところです。


「〔土槍〕!」


 驚くヤツの顔を狙いをつけて『錬成言』を発しました。

 〔土槍〕が煉瓦の土と、辺りの空気を求めた結果、側の建物から煉瓦の一部が消失し、息がとても苦しくなりますが、耐えます。

 辺りには胸を押える人が続出。ごめんなさいと心の中で謝りました。


「そのような呪文、聞いたこともないわ」


 バリバリが嘲笑しました。この男は知らない。マリアが作った錬金術は魔術より早く発動することをことを。

 硬化した土の槍が空中に出現し狙い付けます。

 土の槍に狙われ、バリバリの嘲笑が凍りつきました。

 急いで魔術を唱えますが上手くいきません。


「【ウォーターウォール】……出ぬか【消火水】……ぐぬぬ【コップ水】! 」


 連れている精霊の力が弱いのでしょうか。

 水壁を作ろうとして失敗。

 次の水魔術も失敗し、3度目で成功しましたが【コップ水】は、コップ一杯分の飲み水を出すショボい魔術です。大人一握りの太さで長さが2メートルある土槍には、焼け石に水、でさえありません。


 魔術をあきらめたバルバリは体を横へ避けましたが、遅い。手ごたえありです。

 土槍は顔の半分を貫き、声をあげることもできず昏倒しました。

 死んだかどうかわかりません。でも一矢、報いることに成功しました。


「きゃあっ!」


 共にいた女性が叫びました。パニックになって逃げ出す人が続出。あたりは騒然となります。私は我に返り、自分のやらかしたことに驚きました。

 覚めた頭が逃げろと叫ぶ。踵を返して逃げようとしましたが、一歩遅かった。


 戦いそのものが始めてということもありますが、反撃がくるなんて思いもしなかった。

 馬車に乗っていたのは、2人ではなかったのです。

 飛び出してきたのはグレン。一目でわかりました。懐かしい顔です。

 12歳になるグレンは、ハレルヤそっくりに成長していました。


 バルバリの怪我に逆上したグレンは、私を追いかけ【ファイヤーボール】を唱えました。

 私も、水の壁で攻撃を防ぎます


「〔水壁〕!」


 ですが、グレンの攻撃は止みません。

 若い足でおいかけて、何個も魔術を繰り出します。

 こちらも〔水壁〕で遮りますが手数で負けてます。炎が防ぎきれません。


「グレン! 止めて!」


「なぜ僕の名を知ってる。気安いヤツめ。なぜ父を狙った」


「私は元妻。あなたの父はハレルヤです! あんな拉致犯を父なんて呼ばないで! 〔砂煙〕!」


「元妻? 俺の母上? バカを言うな」


 そういう意味ではないのですが、説明の暇はありません。

 砂の煙をつくりました。素材は左右の建物です。

 老朽化していた壁が崩れ、砂煙ともども大きな障害を産み出します。

 埃の中から、私を見失ったグレンが叫びました。


「……くっ錬金術め! 逃げるな」


 どうやらグレンを振り切ることに成功したようです。

 駆け足で路地を左に折れ、速度を早歩きに落とし、右に左にと、ジグザグに逃げます。

 しばらく行ってから駆け足を止めて歩きました。


 辺りに人がいないことを確かめてから隠れた物影で、髪をブラウンに直しました。

 干してあった洗濯ものを取って、代金をおきました。


 ゆっくり大通りまで出ると、大勢の通行人の中に紛れこみます。

 カフェから遠ざかり、大きく迂回して自宅へと帰り着きました。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る