04 外れの森のハレルヤ
持ち込まれた機械を直すあなたは真剣でカッコいい。
新しい設計に頭をひねってるときは、もっとカッコいい。
工場の音は、薄い板で仕切った店に丸聞こえ。
あなたは気を遣って、仕事を止めてくれますが、行程によって無理なことも多い。
始めてのお客さんは、うるさそうな嫌な顔になります。
ソーマは店を行ったり来たり。
マスコット的に可愛がられて、喜んでます。
若い女性客に受けがいいようで、将来が心配になります。
「この長四角のお皿、お料理の見栄えがよさそうだわ」
「僕も手伝うんだよ」
「偉いわね。絵を描いたりするのかしら」
ヤバそうな予感が働いて、慌ててソーマの口をふさいだ。
「うん、錬金JU……もごもご」
生活の種はもろ刃の剣。錬金術のことを言ってはいけない。
知られたら破滅します。
ソーマはまだ幼く事の重大さがわかってません。
なんとかしないといけません。
□ 〇 □ 〇 □ 〇 □ 〇 □
夜通し駆けた馬車の速度が緩くなった。
「そろそろ着くぞ。マリア・アップスロウプ」
伯爵家の持ち物だけあって乗り心地は快適。乗合馬車とは較べものならない。夜でなければ、景色も楽しめただろう。
「よく眠れたかね?」
同乗者がバルバリ・オスタネスでなく、行き先が断頭台じゃなければ、少しは寝れたかもしれない。
「そんなわけじゃないですか。どこですかここ」
マリアは不機嫌に答えた。置かれた状況を忘れるほど憔悴していた。
「セントイーストの森だ。『外れの森』と言ったほうがいいか」
「外れの森? ……ここが」
セントイーストの森。別名『外れの森』は国の外れにあった。泉が湧く自然にあふれるがそれだけだ。木材向きの木があまり生えておらず、あっても運ぶ手間賃のほうが高くついた。
遠隔地の不便さから管理は困難。近年は目ぼしい資源がないこともわかって、外れ度合いは高まっていた。誰の所要でもなく、住もうという物好きを聞いたことがない。嫌われた辺境地だった。
「わ、私を捨てる気ですか」
「ククッ……そうなるな」
原始の森に捨てられたら、戦う術のないマリアは、はたちまち獣の餌食。だがバルバリのニヤケぶりから、本気で放置する気はないと察した。捨てる気ならば、面倒な地に運ぶ必要はない。
錬金術の腕前はこの男の眼鏡に叶わなかった。言ってはなんだが、捨てるよりは売ってお金に変えたほうがマシではないか。ユカイじゃない未来図にマリアの心は重く沈んだ。
ロクでもない想像をしたのだ。
「……わかったわ」
風変わりなこの男は、人のいない森でさんざん犯し、殺すつもりなのだ。
「こ、殺すなら、ひと思いに」
「何を言っておる?」
馬車が止まった。目的の場所についた。彼女の命はここで尽きるのか。
バリバリは、御者が用意した踏み段で馬車から降りた。
マリアは身を縮めて目をつぶる。最悪の時が少しでも遅くなることだけを祈りながら、いつ引きずりだされるかとびくつく。
「やあやあ。次期当主であり我が最愛の弟ハレルヤ。兄のバルバリがはるばる合いにきてやったぞ」
バリバリの大声。芝居がかった陽気さ。腹にイチモツある響きはマリアにもわかる。
「ハレルヤ? いつも来てくれる少年のこと?」
オスタネス伯爵家の次期当主の名だ。店でたくさん買ってくれる上得意客。楽しいお話をしてくれる少年のことだが、伯爵家気の次期当主がこんな辺鄙な森にいるはすがない。同名の他人か一人芝居。
「どんなマヌケな顔でしゃべるのかしら」
ビクビクに疲れたマリアはそっと馬車から顔をだした。目の前に広がったのは、高い樹木で覆われた陽の届かない暗黒の沼――ではなく――明るい湖畔だった。
「きれい――」
四季を通して鳥の群れが似合うキレイな湖のほとりに、おとぎ話に登場しそうな三角屋根の可愛らしい家がぽつんと建っている。想像とちがう「外れ森」に目を見開いた。
「あの子は」
ハレルヤだ。見覚えのある少年がバルコニーのベンチに座っていた。読んでいた本を横に置き、頬をぷくーっと膨らませ立ち上がった。
「兄さん。こんな所に置き去りにしても無駄だよ。父上は正妻の子を跡取りと言った。それは僕なんだ。優秀な兄さんがなにを企んでいるか知らないけど、よほどのことがない限り、決めた決めたことは覆らないから」
ハレルヤはマリアと同じ年と聞いた。いつもより子供っぽい感じがするが、そんなことはどうでもいい。
「置き去りにした?」
兄が弟をこんな辺鄙な森に置き去りに。
しかも彼は街の騒動をなにも知らない様子。伯爵家の次期当主にしてはノンビリすぎる。
「ハレルヤ。お前は純粋で優しい弟だ。汚い貴族の世界に身を置けば、早晩、壊れてしまうに違いない。鳥が水のなかで生きられないように、もぐらが空を飛べないように、人にだって適した世界がある。私は、自分でも薄汚い男だと分かってる。だからこそ、跡目を継ぐのに向いているのだ。汚い妾の子供であってもな」
マリアは合点した。バルバリは弟が継ぐ爵位を奪いたいらしい。
「兄上。僕は正妻とか妾とかを気にしたことはありません。兄上は立派なかただと尊敬しています。ですが、決まりごとは決まり事。望む望まぬにかかわらず、家を継ぐのは正妻の嫡男と王が決めたのです。父上が」
貴族の事情など、庶民のマリアに分からない。だがこの短いやり取りでも分かる。ハレルヤ君に当主は務まらない気がする。あきらかに荷が重そうだ。バルバリが継いだほうがマシに思える。下種なやり口が貴族らしい。
「父上のいう『跡目は本妻の子』はあきらかに建前。心の中は違うと察する。それが証拠にお前当てに手紙を渡された。ハレルヤが承諾すれば私が次期当主」
手紙を受けとり封を開いたハレルヤ。兄の顔をうかがいながら、書かれた中身を目で追う。筆跡は現伯爵に違いないらしく、手紙を持つ手が震えだした。
「まさか、父上が……」
書かれた内容はバリバリの言葉どおり。自分を跡目に推していた父。実は別腹の兄を継がせたがっていた。ハレルヤの足がふらつく。ショックを感じてあたりまえだ。
「驚いただろう。天地がひっくり返った思いだろう。その気持ちはわかる。だが父も私も、おまえには幸せになってもらいたい。その気持ちに偽りはい」
「……僕の幸せ? 辺鄙なところで朽ち果てることを幸せっていうんですか」
絶望に沈んだハレルヤの瞳から光が消えた。
「この時世に平穏は得難いぞ。私はお前の平穏が末永く続くことを望む。とはいえ言葉だけでは信じられまい。土産をもってきた」
「土産なんてそんなもの……」
死ぬまで鳥籠でじっとしてろと言われて、納得できる少年はいない。生涯の長さ。味わうはずだった葛藤や成功、出会いと別れ。友人、恋愛、家庭。どれもこれも金品に代えられない。土産がどれほど高価だろうと人生と吊り合わない。
バリバリは踵をかえして馬車へ戻っていく。積んであるお土産を取りにきたのか。マリアは車内を見回すが、室内には何もない。土産はないのだ。なぜバレる嘘をついたのか。
怪訝そうなマリアに、バルバリは微笑みかける。
「キミが土産だ。来るんだ」
「え?」
バリバリはマリアの手をとって馬車から降ろした。
前のめりになるい彼女をぐいぐい引っ張って、ハレルヤの前に突き出した。
「どうだハレルヤお前がご執心だった娘だ。連れてきてやったぞ」
「マリア……アップスロウプさん? ど、ど、どうしてここへ」
ぼーっと見つめるハレルヤ。ダークに落ちた目に輝きが戻った。瞳がみるみる涙で潤み、祈るように手を合わせた。
「マリアさん。逢いたかった」
「ちょ、ちょっと私、聞いてないんですけど」
バルバリをふり向いて小声で文句つける。男は小声で返してきた。
「言うことをきけ。両親を弟と同じ目に遭わせたくなければな」
あの、腕の立つ錬金術師たちを捕まえたというのか。にわかに信じられない。脅しだとしても従うほかない。
「卑怯者……」
マリアはうなだれた。よろしいと満足したバルバリは、弟の説得にかかった。
「ハレルヤ。いまは庶民の反乱であふれてる危険な状態だ。他国から起こったそれは、我が国の東に飛び火し、あっという間に国中を飲み込んだ。
マリアは叫びたかった。貴様だって主犯の一人だろう。反乱に乗じて錬金術師を堕とし込んでいる。
「この書類にサインすればいい。ここに暮らし、庶民の魔の手から錬金術師の娘をかくまえ。気楽な新婚生活を送るがいい」
弟思いの優しい言葉に聞こえるが、翻訳すれば「地位を譲れ」だ。マリアと引き換えに旨みのある人生と権力の座を明け渡せと。小娘のマリアは顔見知りの錬金術師。人生を差し出すにはあまりにも軽過ぎる。
そんな取引に応じるバカなど、いるはずがない。
「サイン? するする。仲良く暮らそうねマリア」
マリアはまたしてもうなだれた。
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