03 未熟な錬金術師



 彼の作った朝食は、まずまずの美味しさでした。


 最近お気に入りの食パンと野菜を炒ため。スクランブルエッグ。

 シンプルな味付けが舌に合うということもあります。


 それと、絶対に言えませんけど。

 どんな食べ物だって、泥よりは美味いと聞いてます。



 彼の仕事は機械の製造と修理。私は陶器などの小物を販売。

 家の一階部分を区切ってそれぞれに働いてます。

 私は錬金術が使えることを隠してます。


 安く仕入れた物に画を入れたり加工して錬成陣に描き起こす。

 自分でも一から作れますが、デザインが限られますし。

 素材を用意して流行りの大量生産で、ズルして儲けてます。


 大きな収入源は車椅子。

 錬金術で作ったプロトタイプを、シニロウさんが手直ししてます。

 軽くて実用的な備品ですが材料が高価です。買うのはお金持ちや貴族たち。

 あなたに設計図を描いてもらって、特許出願しようなんて、考えたりしてます。


 街の近代化は、早いですね。急ピッチな進歩に気持ちがついていきません。

 このまえも、超超大きな蒸気機関を東西南北に一台ずつ設置するって決まりました。

 各家庭にも動力がいきわたって、経済的になるとか。


 各家がそれぞれ動かしていた蒸気機関がいらなくなります。

 作業部屋から、煙突から逆流する煙の煤と騒々しい騒音がなくれば健康的です。

 あなたは反対してますけどね。


「かえって空気が悪くなるだけだってのによ」


「そうですか? 機関を集中させたほうが効率があがりそうなのに」


「バカでかくなるほど燃料もバカ食いすんだ。今でも足りない木炭や石炭が、もっと足りなくなる。みてろ。炭鉱開発で森が消えて、コークス製造の煙で街が夜みたくなるから。昔の貴族の二の舞だ」


 森が消えると言われてハッといました。思わずペンダントを握りしめます。

 悪いことは自分たちのせいと認めず、他の誰かのせいにしたがる人間はいるものです。





 □ 〇 □ 〇 □ 〇 □ 〇 □




「テストをしよう」


「テスト……?」


 意外な提案をされた。テストに受かれば。バルバリ・オスタネスを満足させことができれば解放してもらえる。マリアはそう捉えたが。


「キミの術がいかほどのものか示すのだ。実力が足りなかったり手を抜いたりしたら……うむ? 麗しい顔だちだな。殺さず性奴隷の道を歩ませるのも悪くない」


「性奴隷っ!?」


 意味することは明白。さんざん慰み者にされる。男が飽きたとき、運が良ければ娼館へ売られ、悪ければ殺される。生贄を求める警備兵がいやらしく笑う。この男は、マリアを解放する気はないのだ。


 戦って逃げればあるいは。いや。一番弱い兵にだって勝てはしない。先がどこに繋がっていてもテストに合格するしか助かる道はない。


「やるしかないのですね」


 泥のない場所に膝をついた。小石や草を取り除き、可能な限り地面を平らにしていく。月の光で手元がよく見えた。本来は、凹凸のない錬成室の床に南部産の石灰で描くのだが、ガマンする。枝をペン代わりに、食卓テーブルサイズの円を描いた。


「土……水……形は丸……高さは……色は……表面をすべすべに……模様は……」


 マリアは、ひとり言をつぶやきながら、慣れた手つきで文字を綴っていく。時間をかけてゆっくり正確に。父がくるのを願いながら、人生のかかった錬成陣を描いていく。


「ノロいな」


「丁寧に書くほど正確なものが出来上がります」


 後ろの男が「時間稼ぎをしてやがる」と叫んだ。マリアは動じない。バルバリは、囃し立てる兵どもを片手で制した。


「助けを待ってるとしてもかまわん。粛清は終わったとの報が届いた。愚民らは、要らぬ貴族と錬金術師を葬った功で褒美を賜ってるころだ。張りぼてに成り下がった王からな」


 マリアは街を見やる。赤赤な炎が建物をシルエットにしている。だが、煙りは竜巻のような渦ではなく真っすぐ天へ延びている。炎は鎮火されつつある。暴動が収まった証拠だ。


「それが、父と母が来ない証拠にはならなりません」


「好きに思うがいい。希望にすがるのは自由だ」


 マリアはぐっと唇をかみしめた。震えて言うことをきかない手を叱りつけ陣を描き上げた。

 

「〔水差し〕」


 発した声に反応し、円い陣が淡い光を放つ。会心の出来栄えにマリアは喜んだ。錬成図は即興。材料はありあわせの泥土と空気。これ以上の望めない完成度だ。


「これは……?」


 目を見張ったバルバリ・オスタネスに、錬成した水差しを渡す。ロビンの画もつけた納得の上等品に胸を張った。店で売れば銀貨2枚で客が飛び付く。これで性奴隷に堕ちない。


「手を抜いたな。性奴隷になりたいらしい」


「え……? 貴族様が喜んでお買い上げになる逸品ですよ」


「そこらの陶芸家が作れそうな物だ。いらん!」


 バルバリは腕をふりあげ水差しを地面にたたきつけた。水差しは割れずに軟らかい地面で弾んだ。壊れないことが気に喰わず硬いブーツで踏み潰す。


「ひ、ひどいことを」


「整った顔に免じてもう一度だけ許す。手を抜かずに作りあげろ。刃こぼれしない剣、軽く壊れない盾、巨人さえ写す大きな鏡、強固な砦、深い堀。錬金術師にしかできない物を作るのだ。貴様らの最終目標は金を生み出す『賢者の石』と聞く。その困難さに比べれば造作もないであろうが」


 錬金術は、都合のいい技ではない。無限ともいえる事象を理解し生成する物の根源をしっておかなければならない。環術図とも言われる錬成図を描き、水・土・木・火・金2つ以上の属性物エレメントを集約してようやく物が生まれるのだ。


 ものひとつ理解するだけでも労力が時間がかかる。属性物エレメントを集めるのも手間だ。描いた錬成図の稼働させ誤差をなんども修正し、やっとできあがるのである。

 習得にも実践にも大変な研鑽が必要。


「剣に盾……そんな物は」


 父は剣を作れる。母は女でも持てる軽い盾を産み出した。弟も曲刀をだせる。マリアはずっと生活に役立つ小物だけを作ってきた。武器を作るなど、考えもしなかった。


「できないと? 奴隷落ち小僧ですら実戦で使える穂先を創り出したというのに。失望させられた。 【固縛】」


 命を握っている男には習得の困難さがわからない。ふたたびマリアは見えない網で拘束された。


「はぐ……」


 バルバリ・オスタネスは馬を降りる。マリアを値踏みするためだ。抵抗できない胸や腰を撫でまわせば「オスタネス卿、戦利品のひとりじめはナシですよ」と下品な笑いが巻き起こる。


「ふむ。思ってるより良いカラダだ。これなら……。ん? お前、名前はなんという」


「ま……マリア、アップスロウプ」


「アップスロウプの娘か!」


 泥まみれの頬をつかみ、しげしげ見つめる。驚いたように眼を丸くするとニタリと嗤った。


「これはよい。雑貨屋の父親は5本の指にはいる錬金術師。そうかそうか、あの娘か」


 バルバリ・オスタネスは、ひとしきり笑うと部下へ命じた。


「使い道が決まった。娘を私の馬車に乗せろ」



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