11 ニセ賢者の石
覚えてますか。市民が貴族の吊るし上げた「血の奇跡」。
悪しき輩と判定された多くの貴族とかは断頭台に消えて、
貴族の威を借りていた人たちも、同罪に処されてます。
あの日から、社会は大きく変わりました。
封建制がなくなって――自由主義でしたっけ。
王家を残した立憲君主制というのが成立したとか。
そんな混乱はいまも少し、残ってます。
もっともそれは、急激に発展したせいもありますけどね。
なんだか分かりませんけど、うまくいくといいですね。
安定が一番です。失敗してまた荒れるのはまっぴらです。
陶器のことですが、露店のオヤジさんは錬金術で作ったこと見破っていました。
気を付けるようにと、こっそり忠告されました。
錬金術師狩りは、表向きなくなってますけど、隠れて行われてるそうです。
糸をひいてるのは、やっぱりバルバリ? 分かりませんけど。
こうみえて、私だって強くなったんです。
襲われたら反撃します。
けちょんけちょんです。
□ 〇 □ 〇 □ 〇 □ 〇 □
マリアはメイヤを伴って、森の中へ足を踏み入れる。中といっても家がみえるくらいの近所に手ごろな林を見繕った。大きさは納屋と同じくらい。
「この林に精霊はいます? 気配はある?」
「いますよ。木と土の精霊が3体づつ」
「そうなんですね。ここを円く焼いてください」
「焼く? こうですか?」
メイヤは火魔術で言われた通りに下草を焼く。およそ30センチの円になったところでマリアは止めさせる。同じ円を焼いていき、8つの円が林を囲んだ。
「なんなのですか」
「さっき言った通り。賢者の石を造るんです。少し離れてて。準備するので」
賢者の石。卑金属を金に変えて癒すことのできない病や傷をも瞬く間に治す、赤色の神の物質。錬金術の最終目標は、この賢者の石を作ることといってもいい。多くの賢人が挑んで、いまだ誰も成してない。そうマリアから教えられていたメイラは思い悩む。
「気分だけでも浸りたいということですね。そういうことなら」
メイラは持ってきた袋から、赤い頭巾と金色の頭巾を取りだした。ごそごそと始めた侍女。マリアは怪訝そうにふり返る。
「なにそれ?」
メイヤは赤の頭巾をかぶっていた。
「付き合ってあげます。これも侍女の役目。奥さま『金』の役でかまいませんね。私は『石』に成りすまします」
金色の頭巾をマリアに被らせ「賢者の石の誕生でーす」と、両掌をひらひらさせた。
「賢者の石ゴッコじゃないって! もう。危ないから離れてて」
マリアはメイラを遠ざけて、黒焦げの燃えさしを足で払いのけた。黒い灰。草が無くなった剥き出しの地面を撫でて平らにし、錬成陣を描いていった。ひとつ終わると次の円に取り掛かる。小さな林を周回しながら同じ錬成陣を描いていく。
妙な行動をする彼女。メイヤは被り物を仕舞いながら横目でみつめる。
8箇所すべてを描き終えたマリアは出来栄えに満足してうなづく。”声”を発して錬成陣を発動した。
理論・
魔術の場合、呪文とは精霊エネルギーを取り出すための命令。どちらも『言葉』でも仕組みは全く違う。
メイラが錬金術を学んで数カ月。いまだ基本を覚えてる途中だが、究極目標『賢者の石』は不可能としか思えない。人は神ではない。万物の法則を無視した完全な物質など造れる道理がない。目標というより偶像。最終的到達点どころか到達不可能な永久課題。天空に輝く星を目指す無謀で美しい挑戦。そう思っていた。
できることがあるとすれば、せいぜい、大きな物を作成すること。マリアは生活品を浮くるのが得意。20本以上ある大小の樹々をベッドかほかの何かに錬成して「賢者が眠むるベットができた。テヘベロ」と照れ笑いするのだろう。
「……空に抱かれ大地に立つあまねく万物たち今ここにひとつの円環とならん〔賢者の石〕」
8つの陣が蒼く輝く。光は空に届くほど高くなり、横に広がって、8つは合体した。光は30秒ほどして収まる。林は消えていた。地面ごと緩い半円状にえぐり取らてきれいさっぱり無くなった。
「な……っ」
想像した結果とまるで違った。別の何かになると思っていたが、何も残さず何にもならず、ただ消えた。それは素材を等しいものに代えるという錬金術の法則を裏切ることだった。
「は、林は? いったいなにが??」
立ちすくむメイヤを他所に、マリアは林があった小さな窪地に踏みこんだ。滑るように下ると真ん中あたりに屈みこむ。大事そうに光る小粒をつまみ上げた。
「最初はこんなものでしょう。まぁ上手くいったほうかしら」
マリアは石をメイラに放り投げた。メイラは粒といっていい石を、飛んでる虫でも捕まえるように受け取った。光ってなければ見失うほど小さかった。指輪にはめる宝石よりもまだ小さい。大きめな砂粒だ。
「これがどうしたのです」
「賢者の石。ちがうわね。賢者の石っぽく使える偽物。だから【疑似賢者の石】」
メイラは目を見開く
「これが万物を産む伝説の石と? 冗談はいいですから林はどこにいったのです」
「だから換えたんですって。林を賢者の石に」
「まさか」
手の中で光る粒を、まじまじとみつめる。
「いつもの錬成は忘れて小さくぎゅーとパッケージしてみたの。偉人たちはみんな失敗してるわよね。賢者の石をスーパー物質と決めつけた歴史のせいと思ったの。だから逆に
エネルギーの源をそのまま閉じ込めてみたらどうかって考えたのよ」
「どうしてそんな」
「精霊は恵まれた自然のなかにいるわよね。奥にけば私にだって見えるんならエネルギー凝縮体の一種でしょう。だとしたら、物質をそのまま圧縮することだってできそうじゃない。生態系を壊さず林を生きたまま閉じ込めてみればいいかなって……やってみたらできちゃった」
「やってみたらできちゃったって……妊娠ですか」
「万物を産み出すなんでとうてい不可能よね。だけど。林の物質に限るなら、いつでも素材に使えるわ。精霊がいるのなら、魔術にもつかえるはずね」
こんな粒のなかに精霊の住む生きた林が閉じ込められてる。もしそれが本当なら中の林が枯れない限り精霊は衰えず、魔術が使い放題になる。
「そんなことあるはず……ない」
メイラは目玉が零れ落ちるほど、光る粒を凝視する。
「魔術を使えばみればわかることだわ。瓶に頼らないでね」
魔力量は、その精霊が発生した場所に大きく依存する。街の木の精霊は、街路並木や公園でもみつかるけど【聞き耳】のような弱い魔術しか使えない。小鳥や虫でにぎわう自然の林の精霊は魔力お量が跳ね上がる。使える術のレベルも変わる。
「わかりました。攻撃魔術が使えたならば、賢者の石だと認めてあげます」
「場所を変えます? ほかの精霊がいるかもしれないでしょう」
「いえ。このあたりに精霊はいません」
メイラは精霊の瓶を置くとその場所から離れる。胸の前に手をかざし呼吸を整え呪文をとなえた。
「【ツリーウィップ】!」
ツリーウィップは木の鞭だ。魔力量によって威力が変わる。メイラの手の先から枝が現れた。しゅるるるーと擦音を鳴らした鞭は大きく、大人の腕ほどの太さと2階建ての屋根まで届く長さがあった。「わおっ」とマリアは感嘆の声をあげた。
「すごいです。試しにあの木に当ててみますね」
正面の大木に狙いをつけた。枝は強靭な鞭となって大木を直撃する。鋭くとがった先は大人3人分ほどある幹を穿ち、拳ほどある孔を空けた。
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