12 新婚旅行とその後
『声』は伝えていたのに、ソーマに錬金術を教えるかどうかを相当迷いました。
きっと素晴らしい錬金術師になるにちがいありません。
血筋は関係ないといいますけど、センスは受け継がれますから。
教える決心がついたのはあの子が3歳のとき、
ちらかした
運命めいたものを感じましたよ。
錬金術師に安全にありません。
でも市民全部が敵ではないし、上手に隠すことはできます。
それも一緒に教えることにしました。
成長したソーマがどんな大人になるか、私には分かりません。
できれば真っすぐに育ってほしい。
つまらない復讐など考えないで、幸せを探す普通の大人に。
□ 〇 □ 〇 □ 〇 □ 〇 □
夜。甘いまどろみのなか。マリアは横で微笑む彼に聞いた。
「ハレルヤ君。一緒に旅行にでかけたいんだけど。許してもらえるでしょうか」
「ダメにきまってるだろ。僕がいても危険なんだ」
彼女の髪に指を通したハレルヤは即座に首をふる。せっかく結ばれた大好きなマリアを危険な目に遭わせたくないと語る。
マリアはあきらめない。断られるのは分かっていた。
「新婚旅行というのをしてみたいのです。ダメかな」
貴族は、結婚式を2回行うことがある。両家の距離が物理的に遠い場合、互いの親類縁者とお近づきになる儀式として、新郎新婦それぞれの家で式をあげるのだ。このとき結婚するカップルは2人きりで両家間を移動する。数日かかるこの旅を新婚旅行という。
「あれかぁ」
ハレルヤの表情は渋い。
苦楽を共にして仲を深める慣習なのだが、貴族では結婚式が初対面というカップルも多い。二人旅が甘いものになる可能性は半々。幻滅することも多く、壊滅的な亀裂を産むなることさえあった。マリアの認識とは違う旅だった。
「街に行くと思ってません? 森の中ならどう? キミには庭みたいなものでしょう」
「森? 森ならいいか。わかった」
ハレルヤは承諾した。人のいない森なら兄の配下に襲撃される心配もなく、仮に知られても問題はない。知った森の案内なら自分の範疇。判断違いでもめることもなさそうだ。
「森は広いぞ。どこがいい?」
森のどこに行こうか。森はほぼ円状という。広くて見どころも多い。北と東には見上げるほどの山が織りなす連峰が横たわっており、それはこの家からも見える。反対の西にはそそり立つ山はない。
「山がないなら何があるのです?」
「気になる? なら目的地は西で決まりだな。僕がいれば二日くらいで着ける旅だ」
「ワクワクしますね。ですが北にも行ってみたく思います」
「北にも行くなら往復で6日ってところか。行程や荷物を考えないとな」
「連峰沿いを踏破するのも楽しそう。東にも足を延ばしたくなりますね」
「いっそ森を一周してみる? 半月はかかるな。あはは」
「いいのですか。ぜひ!」
「本気か? 冗談だったんだけど」
森を往復するだけの短期旅行は会話の
マリアは侍女にも声をかけた。完全な2人きりを避けたかったし、身の回りの世話を頼みたかったのだが速攻で断られた。
「熱々のお二人に随伴などと。私を焼き殺すおつもりですか」
そうして2人は旅立った。荷物は大きいが重さは2割しかない。ハレルヤは【軽量】の魔法をかけて軽減したのだ。新婚旅行は半月で廻る予定だ。執事、コック、侍女、庭師が見送ってくれた。
主人のいない家。仕事は普通にこなしてる。ハレルヤのはからいで、飲み食いが自由になってる。コックと庭師は週ごとに交代したが、庭師は交代を渋った。気ままな日々をおう歌していた。執事たち4人は羽目を外しながら、帰りをまった。
予定日になった。ハレルヤとマリアは帰ってこない。翌日もその翌日も帰ってこない。音を飛ばす魔術【エコー】で、無事を知らせてくれてもいいのだが、来ない。
「なにかあったのでしょうか」
気楽な4人も不安になった。外れの森は、ハレルヤの庭のようなものと安心していたが、身軽な一人ではなく女性を連れている。不測の事態が起こらない保障はない。2人が戻ってきたのは予定から8日が過ぎた夜だった。
「ただいま! みんな心配かけたね。珍しい食材や素材をたくさん手に入れられたよ」
疲れているはずのハレルヤは、見たことがないくらい元気な笑みをたたえていた。
「移動がゆっくりになって遅れてしまった。マリアに子供ができたのがわかってね。歩くのも狩りも慎重にならざるをえなかったんだ」
「ご懐妊ですか! おめでとうございます!」
家人たちは喜んだ。祝福を浴びたハレルヤも舞い上がる。人生絶好調。16歳の少年は来年にはパパとなる。
ママになるマリア表情は暗かった。侍女の腕をがしっと掴んで2階の自室へ引き込むと、壁ドンする。
「どういうことなのメイラ? 避妊薬を飲んでいたのに妊娠してしまったわ。うぷ」
彼女は、メイラ調合する避妊薬を服用していた。
ハレルヤへを愛する思いは強く毎日が満たされてる。いっぽうで、研究者としての理性が告げる。恋する心の半分は媚薬のせいだと。生まれた子供が幸福になれるはずがない。
「つわりですか。無理をなさらずお休みになられては」
「余計なお世話です。うぷ」
「西の景色はいかがでした奥さま」
「西? あの海のみえる岩のことね。それはもう、落ちたら即死で震えるほどの断崖絶壁で、視界を遮るもののない水平線は見事とした……って。なにを誤魔化しているのです。避妊薬の話をしてるのよ」
ふいに尋ねられて旅の感想を答えかけたが、今日のマリアはぶれない。メイラはチッと、口の中で舌打ちすると、濁りのない眼で真っすぐ見つめ返した。
「月下に咲く花ノーランムーン。その蜜が女性の避妊薬の主成分です。それほど希少ではありませんが、採取には夜中に起きて群生地まで出かけるんですが、なかなか採りにいけけません。調合する量は薄めにしてました。ですが効能には自信を持ってます」
「効能がなかったから妊娠したんでしょう。どうしてくれるの。うぷ」
酸っぱいものが込み上げる口を押えながら、マリアは壁をたたいて怒る。メイラは、開き直ってみつめ返した。
「……良いではありませんか」
「いいわけないでしょう! あなた中絶薬も調合できるわよね。責任もって作りなさい」
首を絞めんばかりに恫喝するマリア。メイラは首を縦にふろうとしない。
「堕胎などとんでもありません。大好きな殿方の子供が産めるのでしょう。良いではないですか」
「ここは縁を切られた森の中。将来なんかないし育てる自信もない。産まれた子供はきっと不幸になるにきまってる。それに……」
安穏な日々を送っていても囚われの身の不自由さは否めない。なによりも、弟を殺し父母を死に追いやった男の顔は忘れなかった。ハレルヤは理想的な夫だ。だからといって、その系譜に連なる子供を産むことは、マリアにとって家族を裏切る行為だった。
「反感を買う覚悟でいわせていただきます。ご家族はもういません」
「な……」
「奥さまの気持ちひとつなんです。すべてを水に流せとは言いませんが、幸せに育てたらいいじゃないですか。侵略が横行したつい数百年前には、他国から奪った女をはらませるのは当たりまえ。産まれた子が国を率いる長に成長したなんて記録もあります」
小国に分かれた昔でいう国の規模はせいぜい1万人くらい。いまでいう「大部族」程度だ。ヴィクトシティだけで350万人が暮らす。文明も文化も比べられない。
「それがなんだというのよ。極端な屁理屈ばかり並べたててっ!」
「いつか、ここから出られる時が来るかもしれません」
「あなたのほうが私よりずっとバルバリを知っているでしょう。絶対にないわ」
刺すような視線。だがメイラは負けずに受け止める。その目にはあふれるくらい涙をたたえていた。
「私も産みたかった。バルバリは嫌いでしたが自分の子供は欲しかった。当たり前の幸せを得られない女だっているんです。代わりというわけではありませんけど、幸福をかみしる姿をみせてくれてもいいじゃないですか」
「……私は、あなたの代用品じゃないのよ」
マリアが泣いてもわめいても、メイラは中絶薬を作らなかった。
お腹の中で命は育っていく。7か月後。外れの森元気な二つの産声があがる。
男の子はグレン。女の子はスイレンと名付けた。
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