17 嫉妬と悔恨




 扉を開けて家の中に倒れ込んだ私に、ソーマとシニロウさんが驚きます。


「母さん!」


「あ……アンナ?」


 グレンの火球は体の半分を焼いていました。

 高質化した皮膚は垂れ下がり、肉が黒く爛れてます。

 体の芯から寒気がおこり立っていられなくなり、ソファに倒れます。


 ソファに寝たとたん激しいめまいに襲われました。

 それで私は、思い出します。

 薬の研究でさまざまな実験薬を飲んていたことを。


 薬のなかには『7年後に死ぬ解毒不可能な薬』というバカな代物があったのです。

 私はそれを飲んだ……のかも知れません。

 覚えてません。生きている意味を失っていた頃。やりかねません。

 どちらにしても、死ぬ運命だったということです。


「ふふ……はははっ」


 私は自分を笑いました。シニロウさんが泣きそうです。体を撫でて落ち着かせたいのでしょうけど、焼けただれた肌では苦痛を与えるだけ。開いた手をわなわなと震わせ、いたたまれない顔をしてます。


「アンナ。なにがあった。誰にやられた」


 八つ裂きにしてくれると言わんばかりに歯ぎしり。

 悲しい顔をしないで。シニロウさん。


「わ、私が傲慢だったせいです……て、手紙を読んで、ください」


 私はバリバリを恨んでます。それは偽りのない気持ち。

 私とマリアの人生をめちゃめちゃにした男を、許せるものですか。

 でもそれはずっと忘れていた感情です。

 馬車をおいかけたりバルバリを見たりしなければ、意識のうえに昇ることはなかった。


「回復薬を取ってきた! オヤジ母さんに飲ませろ」


「おうっ! アンナ飲め。お前の作ったよく聞くヤツだぜ。ほれ」


 私は薬師で魔術師で錬金術師。

 なんでもできる女になりましたが、利口にはなれませんでした。

 こんな私を幸せにしてくれたこの人に、最後にお礼を言いたい。


「シニロウさん。私は幸せ……」


 幸せ……? 本当に? そんな資格が私にあった?


「どうした?」






 私は気づいた。


 バルバリがマリアにしたこと、私がマリアにしたこと。どこが違うのかって。

 あいつは、家督を手に入れたい一心で、マリアをハレルヤを貶めた。

 私は? 嫉妬心を満足させたい一心で、マリアを貶めなかったか?


 彼女は、家族に愛されていた。

 私は愛されてなかった。


 彼女の話では、父と母が、身を犠牲にして子供たちを逃がした。

 私は、親から売られるようにバルバリに嫁がされされた。


 弟のハイラップは姉を守ろうとして、犠牲になった。

 バルバリは私が子供を産めないと知るなり、外れの森に追いやった。


 マリアはハレルヤに愛された。溺愛といってもいいくらいに。

 私は誰からも愛されなかった。



 私が彼女に媚薬を飲ませたのは、嫉妬から。

 マリアの苦悩を見たたい。それだけだった。

 あの子はハレルヤの手に落ちた。

 だが媚薬を揉まされたと知ったうえで、早々に愛を受け入れた。


 妊娠を拒んだときに、私は水で薄めた避妊薬を渡した。

 望まず生まれた双子の子を大きな愛で包んだ。

 その後は避妊薬を口にすることはせず、ソーマを妊娠したときは幸せの絶頂期だった。

 そしてすべてを奪われた。


 彼女はいつも前向きだった。

 いつも幸せになろうとしていた。

 嫌がらせに気づきもしない楽天家は、いつでも軽々と乗り越えて、新たな幸せを獲得していった。


 私の中に沸きあがった怒り。それは。

 私自身、忘れていたマリアへの仕打への、自己嫌悪にほかならなかった。


 今の私は愛を知っている。

 それはマリアが授けてくれたソーマのお蔭。マリアのお蔭だ。

 私は、マリアがうけるはずの幸福を横取りしていた。


「ソーマ……おいで」


「なんだよ……」


「〔錬金術消失〕」


 私はソーマから、私と錬金術の一切の記憶を消した。

 思い出だせるかもしれないけど、おぼろげだろう。それでちょうどいい。

 あまり思い出さないほうが幸せになれる。錬金術も私との思い出も。


「シニロウさん」


「アンナ……死ぬなんて言うなよ」


「ごめんなさい……」

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マリアたちのクリスタル Kitabon @goshikaku

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