08 音の消えた夜


 そのとき借りた店は、小さな2階建て。

 始めての持った家。自分たちが自由にできる空間です。


 私は、自分が使いやすいように改造します。

 もちろん大家には了解をとってますよ。一部を除いて。


 2階は私とソーマが暮らす寝室やキッチン。

 1階は工房と売り場ですね。


 そして、みんな大好き隠し部屋。

 まず、地下の土を取り除きます。土は、柱と壁の強化に使い、

 あまった分は凝縮保存です。後で素材になりました。


 こうしてできた隠し部屋が研究部屋にしました。

 あの、外れの森の家にあった隠し研究室がヒントです。


 この夜は、羽根を伸ばせる城を手に入れた嬉しくて、ソーマと祝盃をあげました。

 1歳のソーマは、まだよく分かってないようですが。





 □ 〇 □ 〇 □ 〇 □ 〇 □




 マリアは両親が死んだ理由をハレルヤに問いただした。何度も何度も聞き返した。帰ってくる説明は変わらない。父と母は、反乱の先導をした罪と貴族におもねた罪で、処刑された。


 マリアは震える声で怒鳴り散らした。


「そんなの信じません。2つの罪はまるで逆じゃないですか!」


 罪は、どちらかが間違っているか、どらも間違っている。後者なら処刑など起こりようがない。マリアは2人とも生きていると決めつけたかった。手の汗がじっとり濡る。


「僕にもわからない。お二人はほがらかな人だった。処刑なんて」


「あり得ません!」


 信じたくなかった。この目で確かめないと納得できないマリアは街へ行こうとする。床を蹴って飛び出す。ハレルヤは一瞬遅れて追った。足の速い彼は、階段を降りかけたマリアに立ち塞がった。


「父さんと母さんに会えたら戻ります。離して!」


 弟はうかつだから殺された。自分や弟より先を見通せる父と母は、危険を避けて無事逃げたおおせてるはずだ。


「ここから出たことが兄にバレたら殺される。君を死なせたくない」


 ハレルヤの手が魔術を使う構えにかわるが、マリアはきかない。


「魔術を使うのですか。そんなもの!」


 極めて短い呪文を唱えるよりも素早く、マリアは腰の籠を奪った。精霊は魔術の元。精霊の籠が無い貴族は、偉い肩書をもつただの人。


「つかえるものなら……ええっ」


 優位になった。そう安堵したマリアは階段を下りた。横をすり抜けようしたとき、ハレルヤに腕をとられ、ねじられる。体勢の傾いた彼女のかかとが、階段にひっかかる。後ろに倒れていく体を、ハレルヤの腕が支えた。


「落ち着いてくれ」


「……放して!」


「離さない」


 ハレルヤは、暴れる彼女を抱きかかえると、ベッドに運んだ。マリアは起きあがろうともがいた。ハレルヤはその肩を押さえつける。そににメイラがやってきた。果実酒の酒瓶とコップの載ったトレーを持ってる。酒を飲ませて落ち着かせるつもりだ。


「メイラ、薬だ。エターナルラブリーをもってこい」


「え……? そんなものはありません。ハレルヤさま」


「あるはずだ。僕が取ってきた素材をみて薬師のキミが造らないはすがない」


 子種を増やす効能のあるスペルゲン苔と、ミミナシウサギの角で調合できる。ミミナシウサギはウサギの形態をとるスライムで、捕まえるのは不可能と言われている。貴重な素材たちを前に、調合衝動に抗える薬師はいない。

 メイラもそうだった。


「持ってくるんだ。直ぐに」


 永久恋愛薬エターナルラブリーは強力な媚薬。服用後に触れた相手を永続的に恋してしまう。メイラはためらう。


「そんな物に頼らなくても奥さまの心は傾いてます。いつかは……」


「僕はいま欲しいんだ。よく聞けメイラ。キミの帰れる場所はどこにもない。エターナルラブリーを差し出せばいつまでもおいてやろう。それとも、追い出してからキミの部屋を探そうか。考えて決めろ」


 メイラは理解する。この少年に、あの男と同じ血が流れていると。お人良しぶっていても、いざとなれば手段を択ばない。バルバリの弟だ。

 メイラは自室から媚薬を持ってきた。薬を奪いとったハレルヤは瓶の蓋をあけた。


「さあマリア。飲むがいい。気分が落ち着くから」


「いや。媚薬なんて飲みません!」


 首をふるマリア。ハレルヤはその口をこじあけ永久恋愛薬エターナルラブリーを流し込み、口をふさいだ。常温の生ぬるい液体が、マリアの喉を流れていく。


 抗うマリアの手足から力が抜けていく。


 静けさの降りた部屋だった。ハレルヤが自分に覆いかぶさっている。彼は心配そうに見下ろしていた。ぷいと顔を横に逸らそうとしたが、首がいうことを聞かない。目を離せない。鼓動が早くなっていく。


「父さんと母さんは……」


 涙がこぼれた。言葉に詰まった。なにも言えなくなる。両親のことが心配なのに、胸を占めるのは目の前の彼。ハレルヤはマリアを座らせると、コップに注いた果実酒を渡した。


「飲んでマリア。落ち着くから」


「……うん」


 口に含んだ飲み物が喉をおりて胃に届いた。脳裏にあった家族との過去が色あせていく。目の前にいるハレルヤとの最近の出来事が、明く主張していく。


 森に入って素材を取ってきてくれる彼。

 冷たくすると困ったふうに頭を掻く彼。

 魔術話を楽しそうにする彼。

 精霊の証拠をみせようと奥深くまで連れていってくた彼。

 隣りに座って心配してくれる彼。


 自分に大切なのは過去に暮らした家族ではなく、現実の幸せではないかと。ハレルヤとのこれからこそが、なによりも幸福ではないかと。なにかに上書きされていく。


「心配しないでマリア」


 心配しないでいい。何を。よく分からない。しっかり芯のこもった彼の声が、不安を遠ざける。体を熱くさせていった。


「忘れさせて……なにもかも」


 沸き起こってくる新鮮な激情。

 マリアはハレルヤに身をまかせた。


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