06 ひきこもりの終わり
この街にきた私が最初にしたのは、ソーマに母乳をもらうことでした。
残念ですが、自分はお乳がだせません。
何をするにも先立つものは必要ですが、お金がありません。
水差しや器を作ると、置かせてくださいと露店に掛け合いました。
何店かに断られましたが、ひとりのオヤジさんがOKしてくれます。
「折半でいいなら置いてやる」と交渉成立です。
そのと持ち込んだ品は高値で買い取ってくれました。
そのおかげで『もらい乳ギルド』で乳母を雇うことができたのです。
オヤジさんとのおつきあいは、店をもったいまも続いてます。
私たちにとって命の恩人です。
□ 〇 □ 〇 □ 〇 □ 〇 □
ハレルヤは優しい。マリアがツラく当たっても、ガッカリ肩を落とすだけで、怒ることがない。そしてバカがつくくらい、マリアのことをあきらめなかった。
彼の釣った魚にだけ手をつけずに残したことがある。家の前を流れる小川にかかる橋から釣った毒々しい色の川魚だ。ハレルヤは、美味しいからと胸を張った。マリアは、見向きもしないどろか、激しくケチをつけた。ハレルヤのしょげぶりは酷いものだった。
でも彼はくじけない。料理人に相談し、魚の見た目を工夫させ、美味しく食べられる調理法も試行した。相手にしなかったマリアも、涎がでそうな濃厚な匂いに負けて食べた。
「ピンクマスの味に似てる。美味しい」
「ブルーヤマメだよ。海に降りて成長した魚がピンクマスなんだ」
「そうでしたか。毒々しい青が冴えたピンクになるとは。目からうろこです」
濃厚なのにクセがないブルーヤマメはいろんな料理に変身。マリアの好物になった。
ハレルヤは庭。マリアは2階。そこから始まった2人の距離はじんわり縮んでいく。同じ階で顔を合わせても平気になって、部屋の中で話せる間柄になった。しつこさに根負けしたといえるが、頑だったマリアの心はすこしづつ、間違いなくほぐれていった。
「マリア。閉じこもってるばかりじゃ退屈だろう。遊びにいかないか」
風の気持ちいい午後。ハレルヤはメイラの淹れたお茶を飲みながら誘った。マリアは文字と錬成陣の関係で思いついたことをノートに記しながら、顔も上げずに拒否する。
「行きません」
ハレルヤは当たり前のように寛いでいる。招きいれたわけではない。こもった空気を入れ替えようと扉を開いただけ。ご自由にお入りくださいと都合よく解釈した彼が、茶器セットとメイラを同伴して侵入してきのだ。メイラも座って寛いでいる。
「そう言わずにさ、森の中は刺激的だよ。想像てきない美しい景色であふれてる」
マリアのペンが外を指す。
「美しい景色ならここからも見えます」
「そっか……」
いつものようにしょんぼり肩を落としたハレルヤを、メイラは「引きこもりのひとですから」とが慰めた。
一枚の葉が風に乗って舞い込んだ。彼はそれを摘み指先でくるくると回した。指の先でチョンと弾き飛ばす。メイラがキャッチしてすぐに飛ばした。葉っぱのキャッチ遊びが始まった。指は触らない。風の魔術で飛ばし合ってる。
魔術は特殊能力。貴族にしか使えず。貴族が貴族たりうる証明でもある。
「魔術って、どういう原理で発動してるんですか?」
マリアは興味をそそられ、ノートから顔をあげた。わずかな、ほんの針の先ほどだが心に孔を開けた。
「ききたい?」
ここぞとばかりに張りきる侵入者は、よくぞきいてくれたと笑顔になった。
この国は貴族たちが築いたと言われてる。山を崩して谷を埋め、地を削って川にし、平らな野を切り開いたと伝わる。魔術を使うには精霊の力がいると貴族はいう。マリアは精霊を見たことがない。魔術は、別の科学的な要素が働いていると考えていた。
正しい答えがくると期待したが。
「精霊だよ。力を借りるんだ」
開いた孔が閉じた。ほかに言うことはないのか。
「また精霊。貴族の詭弁ですね。庶民に教えたくない原理があるのでしょう」
「弱ったなぁ。本当に精霊なんだよ。ほらこれ、魔術師は小さな籠を腰にぶら下げてる」
ハレルヤは籠を指さした。思えば貴族はみんなぶら下げていた。片手にやや大きな円筒の籠は繊細な竹で編まれている。中には何もない空コップが収まっている。メイラのは模様違いで赤いリボンつき。バルバリは片腕に5つづつ提げていた。
「貴族のみなさんは。お酒が好きなんですね」
「酒瓶とちがう! どういえば分かってもらえるのかな。これは精霊を収めた魔道具なんだ。僕たちはその力を借りて魔術をつかっている」
頭をかいて弱ったを連発する。ハレルヤのその態度が芝居にしかみえない。
お茶を飲みほしたメイラが挑戦的につぶやいた。
「お言葉ながら奥さま。錬金術こそ私には眉唾です」
「どうしてかしら。錬金術は科学的裏付けのある物質変化です」
錬金術は素材から別の何かを生成したり、事象に変化を及ぼす術だ。錬成図(錬成陣)を描き、言葉を発して発動する。素材は直にモノでもいいけど、2つ以上の
「私は、空中から剣をだす錬金術師が逮捕される場面を目撃してます。その男はだぼだぼコートの裏に剣を何本も隠し持っていました」
「そういう輩はいるけど。あれが錬金術と思わないでください」
錬金術と称した手品をみせる大道芸。特殊な剣と言い張って高値で売りつけるタチの悪いヤツもいて、錬金術の評判を落としていた。
「素材だっておかしいです。土や木ばかりか火や空気さえ素材だなんて。嘘をつくにしても、現実から離れすぎて笑うしかありません」
ほほほ。メイラはわざとらしく口元を押えた。
マリアの腸が煮えくり返る。怒りで脈が速くなる。大きく息を吸いこんでゆっくり吐き出し、言い返した。
「魔術のほうが怪しいですわ。呪文を唱えるだけで、なにもないところから水や氷をだすのは、タネのある奇術じゃなくてなんなのです」
メイラの白い頬が紅潮していく。
「魔術は手品ではありません!」
「錬金術は物理現象よ!」
女たちはにらみ合う。いまにも取っ組み合いそうになる2人。ハレルヤが「ちょっと、ケンカはよしなよ」となだめに入るが、横へ押しやられた。錬金術はマリアの。魔術はメイラの骨幹につながる。バカにされば後に退けない。
「もう……【突風】」
ハレルヤが呪文を唱えた風の魔術【突風】を起こす。いきなりの風で、マリアとメイラは真後ろへ転がった。
「いたた……何をするんです。ハレルヤさん」
マリアはお尻をさすりながら立ち上がる。メイラも同じく立ち上がった。目が合い見えない火花が散った。
「2人とも頑固すぎるよ。マリアちょっとだけ付き合わないか。一緒に森にはいろう」
ハレルヤの言葉は珍しく有無を言わせない強さを帯びてる。原理は相変わらず不明だけど、たしかに風は起こるのだ。好奇心も負けたマリア。2人にともなわれ、森の奥へ入ることになった。
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