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「あれ~? 大久保ちゃん、早いね~」
「あんたが遅いんでしょ」
まるで私の登校を見計らっていたかのように教室に入ってきたのは、松ちゃんだった。松ちゃんはこの先、薫ちゃんの授業に参加する気はないんだろう。なんて、なぜか隣の席に座った無駄に背の高いもやしっ子を見やる。
「おはよう、松木くん」
「あらら~、なんで君も居るのかな~?」
「友達が欲しいんだよ」
「笑えない冗談だね~」
男子にしては高い声と、男子なのに間延びしたギャル訛りが、目の前を行き来する。
「そういえばさっき~、学ラン着た人たちが駆け回ってたけど、大久保ちゃんはここにいて大丈夫なの~?」
学ランなら、風紀委員会か。
「何かあったの?」
「さ~? 【
「大丈夫、大久保さんには関係ないよ。風紀は今、恐喝事件で駆け回ってるだけだから。それに彼らはもう、柳くんの件で駆け回る必要はないんだよ。ねえ、大久保さん?」
ほんと、どこまで知っているのか。
インカムから流れてきたのだろう状況を口にして、七倉は楽しそうに笑っている。
「恐喝事件って、随分物騒だね~」
「それだけ【魔王】が抑止力になってたってことでしょ」
【魔王】卒業後、勃発したのは恐喝事件だ。数名のガラの悪い生徒に囲まれて、食券等を強要されるという事件。
すでに10件以上の被害届が出ており、風紀は前年の3月から東西奔走している。
ヤツらは監視カメラも掻い潜るらしく、「身内に密偵がいるのでは?」なんて、噂されていたりもする。
「僕みたいな一般生徒にとっては、前会長こそ平和の象徴だったのかもしれないね」
「よく言うわ」
つい本音が漏れた。
エンジェルスマイルに、にやつきの影が浮かんだ。
「あれ? 気に触ったかな。そうか、大久保さんは一般生徒じゃないよね。理事長の孫を一般生徒だなんて思っちゃいけないよね」
思わず、鼻で笑う。
否定もせずに視線を窓辺に移すと、遠くにグラウンドが広がっていた。小さな影が動く。徐々に影の数が増えていく。
「嫌なヤツだね~」
「まさか松木くんに言われるなんて思わなかったよ。君は大久保さんに嫌がらせするために、編入してきたんでしょ?」
「へ~」
視線を戻せば、松ちゃんが七倉を隠れた目で睨んでいた。珍し。
加わる気もなくて黙ってみていると、チャイムが鳴った。授業が始まるとなれば、皆が席に戻り始める。松ちゃんはともかく、品行方正を気にする七倉は席に戻らなければならない。そしてどうやら、松ちゃんも席に戻るようだ。七倉の言葉が効いたのだろうか。
机に手を突っ込む。乾いた紙の感触がした。
「松ちゃん」
「何~?」
振り向いた松ちゃんに、プリントを差し出す。松ちゃんは素直に受け取った。
「ほんと、卒業したのに有り難いね~」
そして放るように、プリントを置いていった。
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