12


 放課後の元・資料室には、明日香経由で召集をかけた面々が、誰1人欠けることなく集まっていた。


「何なんだよ、一体」

「私に聞かれてもね」


 そして飛んでくる第一声に、辟易する。

 いつもの席について、松ちゃんにも見せた紙を机に放る。


かおるちゃんから」


 と言葉を添えて。

 【菩薩】は途端に興味を失ったように教科書を広げ、マッキーは変わらずPCと向き合い、松ちゃんは天井を眺めていた。

 私は美樹に話しかけられて、他愛もない世間話に興じた。時間は止まっているようでいて、はっきりと進んでいて。気がついて時計を見ると、すでに30分が経っていた。そろそろ誰かが遅いと言い始める頃合いだろうか。

 

 一体、何を待たされているのか――と。


 メンバーの様子を伺う。

 心配をよそに彼らは、勉強に集中し始めていた。松ちゃんは椅子をキィキィと揺らして、暇をもてあそんでいるようだけど。

 背後で扉が開く音がする。椅子を揺らす、音が止まった。

 肩越しに振り向けば、やっと見えた薫ちゃんの姿にため息がこぼれた。そしてすぐに、その背後に揺れる、小さな影に気づく。


 誰だ?

 

 薫ちゃんが動くと、影の全貌が現れた。

 青みがかった黒髪に、純朴でつぶらな瞳。丸顔は彼の愛らしさを、よりいっそう際立たせている。

 

 …どこかで、見たことがある気がする。

 

 薫ちゃんが彼の背をすいっと推す。横に並んだ彼は、薫ちゃんの腹部あたりの高さで顔をうつむけていた。

 私より、小柄だろうか。


「あ、えっと、煤原すすはら いずみです」


 空気で一瞬で凍った。

 誰もがその名に、固まったのだ。


「姉が、お世話になってます」


 背後で、【菩薩】が「マジか」と呟いたのが聞こえた。マッキーも「そんなアホな…」なんて、珍しくありきたりなセリフを吐いていた。小さく噴き出したのは、多分松っちゃんだろう。


「薫ちゃん?」


 説明を求めて名前を呼ぶ。笑顔は、引きつっていたと思う。


「つれていくように言われたんだ」


 素っ気ない返事に、さらに頬が引きつる。そんな見てわかることを聞きたいわけじゃない。  

 薫ちゃんが、少年の背をぽんと押した。推し進められるまま前進した少年が振り返る頃には、薫ちゃんは踵を返して去っていくところだった。

 呼び止めたって、ムダだろう。彼は何も聞かされていないのだ。

 多分、だけど。

 煤原 葵――もとい、彼の姉は詳細を説明するようなお人好しではない。


「こっちが空いてるわ」


 美樹が立ち上がり、空いている席――私のむかいの席に誘導する。

 その一挙手一投足を、私たちは目で追った。

 今のところ、見た目以外で【魔王】を髣髴とさせる要因はない。むしろ、真逆。オドオドとしていて、モジモジしている。

 窓際の席、背もたれのない椅子に、煤原すすはら いずみは着席した。

 生まれた沈黙に、皆の視線が私に向く。どうにかしろと、訴えかけてくる。

 ため息を1つ吐いて、疑問も不満も飲み込んだ。

 まず、確認すべきこと。それは、


「あなた、バッジを持ってる?」


 厄災の元の、有無である。


「バッジ、ですか?」


 皆の視線が、いずみくんへ移った。

 うつむいているせいで、こちらに向けられた視線は上目遣いだった。潤んだ瞳が、捨て犬を連想させる。


「お姉さんから、何か渡されたものはない?」


 それでも声色を優しくすることはできず、私は最低限と言い聞かせるように、笑顔を繕うことだけに集中した。

 【魔王】はきっと、安易な渡し方はしないはず――。

 なんて予想、外れてくれればいいのに。


「お守りなら、もらいましたけど」


 少年の返答に、【菩薩】はペンを放って、背もたれに体を預けて悔しがる。

 大体、考えていることは一緒なのだ。私も【菩薩】も、より力を込めてキーボードを打ちつけるマッキーも。


「見せてもらえるかしら?」

「はい」


 渋々と聞く。

 もったいぶらず、彼のポケットから出てきた白色のお守りは、歪な形に膨らんでいた。

 手にとる気も失せた。お守りを睨むしかない。


「中身を確認したことは?」

「いいえ。必要になったら開けるよう、言われているので」


 必要になった時、ね。なら開けることなく、このまま彼を帰そうか?

 なんて。

 そんなことで無かったことにできるのなら、なんの苦労もない。


「開けてみてもらえるかしら」

「はい」


 戸惑いながら、泉くんはお守りを手に取り、その結び目に手をかける。不器用なのか、すぐには開かず。少し、もたついていた。


「ゆっくりで大丈夫よ」


 徐々に慌て始める泉くんに、美樹が優しくと声をかける。その言葉に彼は気持ちを落ち着かせて、するりと結び目をほどいてみせた。

 

 たった一言で、気持ちを落ち着かせることができるとは。少し驚いた。

 

 逆さにされたお守りから、音を上げて何かが転がり落ちる。

 それは、この学校では特異で優位な地位を表すもの。

 5つしか存在しない、生徒会バッジだ。

 

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2024年12月29日 12:00 毎週 日・水 12:00

悪友~入学式は喧騒に喘ぐ~ 巴瀬 比紗乃 @hasehisa

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