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そうこうしている間に、3限目の始まりを知らせるチャイムが鳴った。
「ねえ、ソレって、いつまで手書きなの?」
「ソレとはなんだ」
「その、勝敗を記録したカード」
私の横で、海津は手のひらサイズのカードにスラスラと、狼1-柳0と記していた。
「当分の間はそのままだ。まだ置き場には困ってないからな」
「党紀委員会の会議室って、そんなに広いの?」
「このサイズだからな。ムダに場所を取ったりしない」
「そう」
机を片付けにいく委員を見送る。腹を探られているとも知らずに、海津はスラスラと質問に答えてくれた。なんとも思っていないのだ。
これだから彼を嫌いになれない。
「もういいぞ」
「なに?」
「授業始まってるだろう。教室に行って問題ない」
変な声が出そうになったのをぐっと堪えた。
授業参加をこんな当たり前のように私に勧める人は、もうこの学校には居ないと思っていた。
「ああ、そうね」
無理に平静を装えば、違和感丸出しの上ずった声になってしまった。しかし、海津がそれを気に留めた様子はない。
胸を撫でおろし、柳を見やった。
柳はベンチに座って、悔しそうに地面を蹴っていた。これが
これから何度、柳のこんな姿を見ることになるのか。
「行かないのか?」
「え?」
顔をあげれば、記録し終わった海津が、私を見下ろしていた。
なんで待ってるんだ、コイツ。用事が済めばすぐに去るだろうと思っていたのに、彼は律儀にも待っている。…私を。
「ああ、そうね。行くわ」
しどろもどろになりながら返事すると、なぜか海津と並んで歩くことになってしまった。
どうして柳は放置なんだと疑問を抱きながらも、しぶしぶ歩調を合わせる。
「そうだ。これを渡しておかなければな」
外廊下の分かれ道で、ふいになにかを差し出されて戸惑う。
「なにこれ?」
名刺サイズのカードを受け取る。勝敗を書いていたカードとは別物だ。裏面には校章が描かれており、表にはまるでどこかのロゴのような文字で、『バッジ争奪戦決行につき』と書かれていた。
「これを教師に提出すると、遅刻の罰則ポイントが免除される」
「そう。ありがとう」
必要ないなと思いつつ、胸ポケットにしまう。免除されたところで、朝のルーティンを崩す気持ちになれない私には、ただの一時しのぎにしかならないのだから。
分かれ道で、海津は律儀にもお辞儀をして、一科の校舎へ消えていった。私にああまで礼儀を通す生徒も、この学校にはもういない。
静かな廊下を、満喫しながら歩く。涼しいそよ風が背中から流れてくる。微かに聞こえてくる教師の声が、また風流だ。
教室について、胸ポケットからカードを取り出す。
「大久保」
「何?」
眉間にシワがよったことを、自覚した。呼び止められる=面倒事のお知らせ、だ。
差し出された紙が、ピンと張っている。渋々受けとると、薫ちゃんは相も変わらず無反応で授業を再開した。
席につく。合間、にやけた顔が目についたが、見なかったことにする。
教科書もださずに、受け取ったプリントを仕方なしに広げた。書かれていたのは、たった一文。
”本日、校紀委員会会議、決行”
誰からの伝令だ。問いかけたい気持ちが、宙を舞った。
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