8


 あれは、何だ。

 登校時間も優に超えて、2限目、いや、3限目が始まる一歩手前。

 休憩時間だったか。なんて、窓からこちらを見ている生徒に知る。


 A邸で目にしたのは、いがみ合い、押し合いをしている柳とろうだった。

 そしてタイミング悪く、党紀とうき委員会が駆けつけたところだ。

 2人とも党紀とうきの声も聞かず睨み合っているけれど。


 思わず、ため息がこぼれる。

 私は満開の桜の下でいがみ合う、柳と狼の元へ向かった。

 

「柳」


 私の声に反応したのは、党紀委員会だった。2人の向こうで、肩を跳ね上がらせて驚いていた。

 気づいてほしいのは、あなたたちじゃない。


「柳」


 柳と狼はなにが楽しいのか、手のひらを何度も何度もぶつけ合っている。


「柳」


 振り向く気配はない。

 名前を呼んで強制的に振り向かせてもいいけど、こんなことで奥の手を使いたくないのよね。

 なんてため息をついている間に、来てしまった。

 党紀委員会で1番、厄介なヤツ。


「これより、バッジ争奪戦を開始する!!」


 現れるや否や、耳をつんざくような大声で、彼は宣言した。

 党紀とうき委員会委員長・海津かいづ 鯨春げいしゅん。彼は新たな委員を2人従えて現れた。

 さすがにろう海津かいづの存在に気づいたようだ。


「なんだ」

「あ゛ぁ゛?」


 ろうにつられるかたちで、柳も振り向く。


「柳」


 間をぬって呼べば、不機嫌な声と顔で、柳がこちらを見た。

 すると柳はハッとした顔をして、「悪い」と謝罪した。


「お前か」

「大久保…」


 海津かいづはあきれ眼でこちらを見、ろうは罰が悪そうに顔を背けた。そして、4人の委員はなぜか一歩下がった。

 柳が私の方へ歩いてきて、背後に立つ。


「種目は?」


 海津かいづは、なぜか私を見て聞いてくる。


「腕相撲」


 舌打ちが聞こえて、皆の顔を見回す。舌打ちをしたのは、ろうだった。

 海津かいづが後ろに控えていた委員に、なにか指示を出した。委員の2人が、来た道を戻っていく。


「少し待て」

「分かった」


 海津かいづの言葉に、ろうが答える。私も頷いて答えた。


「悪い。あいつが生徒会に入ったことは、頭では分かってたんだ」

「気にしなくて良いわ」


 分かってたことだし。は、口にしないでおく。

 私は海津かいづに向き直ると、腕を組んだまま笑いかける。


「あなたも一緒に帰って良かったんじゃない? 委員2人もいるわけだし」

「帰ったわけじゃない。準備だ。それにお前が相手なら、いた方が良いだろう」

「対戦相手は柳よ」

「だが、お前はここに居る」


 なにを言っているだと言わんばかりに、まっすぐこちらを見る海津かいづに、不快感を覚えずにはいられない。


「来るの、早かったわね」

「インカムはそのためにあるからな」


 ああ、言っちゃうのね。

 痛いところをつくつもりで口にした言葉も、彼にはノーダメージだった。


「便利になったわね」

「利便性を求めて設置したわけじゃない。穴をなくすためだ」


 ああ、また本心を。

 真面目一筋の彼には、嘘をついたりはぐらかしたりするヤツの気持ちは分からないんだろう。


「ねえ、私たちが移動すれば良かったんじゃない?」

「そうか。考えつかなかったな」


 マジで言ってるのか。

 海津かいづのハッとした顔に、脱力した。

 汗だくで机を2つ運んできた委員を、心中で誉める。海津かいづは「すまない」とお辞儀していた。


 桜の木の下。赤レンガの上に、机が2つ向い合わせで並べられた。

 

 ろうが肘をつき、柳を誘う。柳は鼻を鳴らし、当たり前のように、その誘いに乗った。審判のように海津かいづは立ち、組み合った2つの手の上に、自身の手をのせた。


「それでは、用意!」


 ぐっと、2人の拳に力がこもる。


「始めっ!」

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る