3


 元・資料室。

 相変わらずの殺風景な風景に、開いた窓から風が吹く。

 そして、埃がチラチラと舞った。


「なんなんだよ、《新・生徒会長を3年間、会長で居させろ》なんて。ムリだろ」


 第一声から嫌味か。なんて、ため息がこぼれた。

 頬杖をついて半目で睨んできた西尾にしお 理人りひとこと【菩薩】を、睨み返す。


「自分らの事ならまだしも、他人の事なんて世話できへんで」

「ま、俺らはあと1年で卒業だけどな」


 槇村まきむら 五喜いつきことマッキーの言葉に、【菩薩】は無責任な言葉で返す。


「1年にしろ3年にしろ、バッジ争奪戦の対策を考えろってことには変わりないでしょうね」


 私の言葉に【菩薩】は視線を窓の方へ流し、マッキーは舌打ちを響かせた。


「で? 対策って具体的なもんはあんのかよ」

「バッジ争奪戦って、挑戦者が種目を決めるのよね? 対策って、練れるものなのかしら?」


 校内1美人と名高い【高嶺たかね美樹みき】こと藤村ふじむら 美樹みきが頬に手を当てて、小首を傾げていた。


「まあ、ムリね」

「そぉなのぉ? でもぉ、対策練ってたからぁ【魔王】は3年間無敗だったんでしょお?」

って言ったでしょ」

「どういうこと?」

「党紀委員会に袖の下を渡せば、万事解決ってことだろ」

「袖の下? ただの強請ゆすりやろ」

「じゃあ大久保ちゃんの仕事だねぇ」

「ムリよ。袖の下を渡すのも、強請ゆするのもね」


 きっぱり言い切ると、なぜか沈黙が生まれた。

 

「じゃあ、他に何か作戦あんのかよ。副会長みたいに万能な奴ならともかく、凡人じゃ連勝はムリだぞ」


 空に放られるように言われた言葉に、「そうね」とだけ返しておく。


「ところでさぁ、今まで何回くらい、バッジ争奪戦で交代してるのぉ?」


 松ちゃんは椅子を揺らしながら、頭の後ろで手を組んでいる。今日は棒つきキャンディーを転がしていた。


「去年は、無かったわ。一昨年は、一回あったのよね? 取り返したって噂もあったみたいだけど」

「ああ、あの泥試合か。結局6・7試合して、別の生徒に渡ったんだよ。あれ、種目覚えてるか?」

「知らんわ。興味ない」

「だよな」


 マッキーの返答に【菩薩】は肩を落とした。


「今の生徒会の連中は、どうなんだよ?」

「副会長は相変わらずでしょうね。議長と書記に関しては、争奪戦事態、まだないはずよ」

「今年からだよな?」

「正確には去年の3月からね」

「継続って噂もあったのにな」

「疲れたんじゃない? 【魔王】もいなくなったし、強請られることもなくなったわけだしね」

「じゃあなんでぇ、俺たちはぁこぉんなことしてるんだろうねぇ」

「会計も変わったんだろ? 【一匹狼】に。どうなんだよ? 争奪戦。そんな気がなくても、ケンカにはなるだろ?」


 【菩薩】はいつの間にか取り出したペンを、指先で器用に回していた。

 懸念しているのは、柳との小競り合いだろう。あの2人は、顔を合わせただけで、取っ組み合いを始める。


「それは、問題ないわ。ちゃんと対策を取るつもりだから」

「なんだぁ。じゃあ、こっちも同じ方法とれば良いじゃなぁい」

「残念だけど、袖の下でも、強請でもないわよ」

「対【頂】対策なら、そんなもん必要ないだろ。挑戦者だから、種目もコッチが提示できるわけだしな」

「誰も望んでへんしな」

「彼にも弱点あったんだねぇ」

「ありすぎるくらいだろ」


 柳と狼の小競り合いの焦点は種目じゃなくて、その場に駆けつけることなのよね。


「それで? 種目が決められない以上、なんの裏工作もないまま3年間死守するのは容易じゃないだろ」

「そうよね」


 相槌にため息が混じる。


「あれぇ? 大久保ちゃん、弱気じゃなぁい?」

「ま、党紀委員会との裏工作なんて、骨が折れるよな。あいつら、この学校随一の真面目集団だし。手を組むんなら、まだ風紀の方がマシだろ。チャラいし、融通が効くし、後ろ暗い奴ら多いからな、風紀は」


 そのを是非とも聞きたいところだが、見つめても【菩薩】と目が合うことはなかった。まあ、ここで聞くわけにもいかないか。


「バッジ争奪戦について、あんたたちは何か知ってることはないの?」

「党紀がその場にいない争奪戦は無効」

「競技は挑戦者の指定や」

「基本的なこと以外でよ。勝率とか競技内容とか対戦相手の詳細とか。なんでも良いんだけど?」

「覚えてねぇ」

「興味あらへん」


 眉間のシワがさらに深くなったのを感じる。


「全く知らないわけじゃないのね」

「知ってても、お前と同じくらいの情報量だよ」

「掲示板をさらうにも、時間がかかるしな」


 非協力的にも程がある。

 教科書とノートPCに向かう2人を、鼻で笑ってしまう。


「【魔王】がこの場にいないからって、安心しすぎなんじゃない? まだ、【魔王】と繋がってる情報屋がこの学校にはいるのよ。それで、この手紙を届けたも、【魔王】と繋がってる生徒に代わりはないの。その事実を知っていながら、他の生徒たちみたいに身軽になったなんて安易に思ってるなら、あまりに軽薄ね。残念ながら世界の終末を目前に最後の晩餐を開いていられるほど、私たちは自由じゃないのよ」


 言葉は届いているはずだが、誰1人として私を見ていない。

 四方に視線を投げて、ただ沈黙を守っていた。

 

 《パンドラの箱》の鍵は依然、【魔王】の手の中だ。

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