16


 登校して早々、ゴミ箱の中に丸められたチラシを見つけた。拾い上げて、広げてみる。クシャクシャになった張り紙には「明日 抜き打ちで持ち物検査あり」と書かれていた。そしてゴミ箱の中、似たような紙が、山のように積みあがっている。

 風紀強化月間も、名目で終わりそうね。

 手にした紙を山に戻して、第Ⅱ体育館に向かおうと振り向くと、下駄箱の隙間からひょろっとした影が覗いた。思わず、ため息がこぼれる。


「入学式、もう始まってるわよ」

「人のこと言えないでしょ~?」


 上履きに足をつっこんで、松ちゃんはあくびをこぼした。

 仕方なく、2人で体育館に向かう。


「今日は下駄箱使ったのね」


 いつもは外下駄そとげたを使っているのに。なんて、松ちゃんの足元を見やる。校舎脇に立てかけてあるはずの上履きが、下駄箱にあるはずがない。

 ――柳のね。

 上履きに丁寧な字で書かれた名前を見つけた。


「まぁ、通り道だからねぇ」


 踵を踏む松ちゃんの足音は、なんとも間抜けだ。柳に許可を得ているとは思えない。横目で松ちゃんを伺い見る。変わらない、やる気のない横顔。

 土足でないだけマシなのかと強引に納得して、松ちゃんに聞こえないようにため息をこぼした。


「どれだけ緊張してるんだろうねぇ、泉君は」

「何? 珍しく、同情してるの?」


 私の言葉に、松ちゃんは鼻で笑って返した。嫌味だと気付いたのだ。

 泉君と松ちゃんは、似た境遇にある。日頃人のことを気にかけない松ちゃんでも、同情してしまうのか。なんて、ありもしない気遣いに感心してみせたのだ。

 

「じゃあ、大久保ちゃんは、【魔王】の気持ちが分かるタイプなのかな~?」


 松ちゃんの嫌味に、睨み目で返す。私と【魔王】に、共通点なんてない。同一視して嘲る松ちゃんは、実に楽しそうに顔面に弧を描いてみせた。


「継承なんて~与えられて成るもんじゃないよねぇ。ほんと、いい迷惑~」


 ただの世間話を逸脱させたのは私だ。口から滑りでた言葉に、今さら後悔のしようもない。

 ふと気づくと、彼の背中は一歩先にあった。

 

「それを望んだ人に対しても、同じことを言うわけ?」


 さらに遠のいていく背中に、また口を滑らせた。 


「望む人に与えられるべきって話だよ」


 ヤツは振り返って、こっちを見ている。

 

「恵まれたことに、感謝すべきね」 

「これは、恵まれてるとは違うでしょ~?」


 視線がかち合う。実に楽しそうだ。


「それに大久保ちゃんは、俺が何も考えずに受け継ぐことに反対でしょ~?」


 松ちゃんのからかい口調は変わらない。――冷静に、ならなければ。


「関係ないわ。好きにすれば良い」


 歩調は早まり、早々に松ちゃんを追い越す。


「つれないね~」


 背後から聞こえる声に、振り向いたりはしない。

 機械のように弾き出された言葉に、意味なんてないんだから。そんな言葉に返された相槌に、意味が伴ったりするはずがないんだから。

 気にする必要はない。

 無念に屈した兄を、蔑ろにするような男の言葉なんて。

 

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悪友~入学式は喧騒に喘ぐ~ 巴瀬 比紗乃 @hasehisa

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