第3話 爆弾女教師

「どうしたんだよ、センセー」

「一人で寂しかろうと、私が佐藤クンと一緒に昼食をと思っていたのたが、杞憂だったようだな……だがすると、今度は予定が狂った私が一人寂しく昼食を取るはめになるではないか!」

「え、別に教師だし気にする事ないんじゃ……」

「私も同行しようじゃないか。not accept! 認めんぞ……異論は認めんからな!」


 そう言うと北条先生は俺たち二人の間に入り、無理やり肩を組むと、強引にそのまま教室を出て歩き出す。これまた距離が近かったので、朝に嗅いだ良い香りが鼻腔に広がり、少し俺の心臓の鼓動を早めるのだった。

 けどそうか……北条先生も俺に気を使って昼食に誘ってくれようとしていたんだな。時限爆弾のような性格をしてるが、根はしっかりとした教師なんだ。いや……こんなに距離感が近く優しくしてくれようとした教師は、少なくとも俺は初めて見たな。ある意味教師の鑑なのかもしれない。


「ん……出が悪い。フィルター部分が少し湿気ってるな」


 前を先導する北条先生が、廊下のど真ん中でタバコに火を付け、口に加えていた。前言撤回。今ちょっと感心した俺の心を返してくれよ。教室廊下のど真ん中でタバコ吸う教師があるか! 助けを求めるように木柴に目線を送るが、木柴は呆れ顔で首を横に振る。


「いつもの事だから仕方ねーよ。でもいい人なんだぜ? センセーは。俺らと歳ほぼかわんねーから、悩みも肩並べて話せるし、こうしてプライベートな事にも付き合ってくれるからよ。うはは、こうして見るとアウトローすぎるな!」

「ふーん……今時の教師にしては変わった人だな」


 当の先生は、俺たちには一寸も悪びれる様子もなく、美味しそうに煙を楽しんでいた。

 学校の廊下で歩きタバコする北条先生と俺たち二人は、教室棟を抜け娯楽棟に入っていく。中は近未来のショッピングモールのような造りになっており、どこか某空港を思わせるような超長なエスカレーターに、遥か頭上に見える天井。フロアが何階層も積み重なっているその圧倒的スケールの光景に目を奪われてしまう。

 木柴から色々施設の説明を受けている最中、北条先生は警備員の人にタバコを止められ説教されていた。途中「何十回目なんですか、いい加減にして下さい」と聞こえてきたので、やっぱ常習犯なんだろう。一回注意されたらそこでやめてくれよ、指導者の立場なら。やがてトボトボと、親に欲しいおもちゃを買ってもらえなかった、子供のような足取りで北条先生が帰って来る。


「ハァ……好きな時にニコチンも摂取できないとはな。まあいい、とりあえず昼食を取るとしよう」

「佐藤の好きなもんでいいぜ。迷う前に直感でズバット決めちまえ」

「ああ、じゃあ……無難に食堂でいいんじゃないかな。特に何かを食べたいわけでもないから、フツーので」

「ほう、いいチョイスだ。ここには様々な飲食店があるが、ベテランのおばちゃんが切り盛りする光宙食堂は、フードコートの人気No1なんだ。寿司に焼き肉に色々あるが、なんだかんだ皆原点に帰って来るものなのさ」


 俺達三人は昼食を済ませる為に食堂へと入って行く。俺は和洋中と様々なメニューから、おにぎり定食を選んだ。学生らしくがっつり肉という気分でもなかったので、無難な炭水化物をチョイス。値段は鮭と昆布のおにぎり二つに味噌汁と漬物が付いて200円。学生食堂らしいリーズナブルなものだった。木柴は紙パックのフルーツ牛乳に、チョココロネと焼きそばパンという、どこか時代を感じるものを頼んでいた。それで北条先生は──あ、お盆に大ジョッキのビール乗ってる。見なかったことにしよう。

 3人でたわいもない話をしながらご飯を食べてると、ふと先生からこんな質問が飛んでくる。


「佐藤クン、君は部活に入る気はあるか?」

「え? 部活?」

「ああ。学校生活を有意義に過ごす為に、部活動に所属するのは決して無駄にはならない。まだ春だから転校生の君でも間に合う所はあるさ」

「へえ、部活っすか……」

「間に合うつっても、運動部は多分どこも入れないと思うぞ。全国行ってるような強豪ばっかだから、どこも締め切ってるだろうよ」


 ううむ、部活動か。中学と高1では剣道部に入ってたが、運動部の募集は締め切ってるのか、転校生の悲しき宿命だな。


「入るとなると文化部、なんすかねぇ……」

「なんだ不満そうだな。運動部がお好みか? 運動部ほどではないが、良い部活があるぞ。程よくアクティブに、そしてエキサイティングな部活動……新聞部だ!」

「新聞部……?」

「うはは、早速勧誘かよセンセー!」

「新聞部は私が顧問を務める部活動でな。本当は来週空けから君を部活動見学に行かせて、最初に部室に来てもらう予定だったのだが、せっかくだし早めに少し詳細を……」


 先生はそこで言葉を詰まらせると、ふるふると首を振る。


「いや、やめておこう。詳しい事は来週の楽しみに取っておいてくれ。だが一つ言えるなら、君を満足させることのできる部活だという事は保障しよう」


 へえ、新聞部ねえ……前の学校だと、校内で取材をして、掲示板にのせる新聞を作ってるだけの部活だったんだが、どう違うのだろうか。この学校のことだから、多分スケールも行動範囲も町全体くらいには広がってるんだろうな。


「海外行くぜ?」


 横の木柴から衝撃の耳打ちが告げられる。え、海外? 新聞刷る部活で海外行くの!? 旅行とかそういうのか? 一言聞いただけじゃ状況が浮かばないな……どうなってんだよ新聞部。先生が木柴の頭に手をポンと置くと、何故か撫でながら説明する。


「此奴も新聞部でな。部に在籍する生徒に男子の二年生がいないから、転校生の君が来ると知ってからは絶対勧誘すると意気込んでたんだぞ」

「うわ、ハズカシッ! バラすなよセンセー!」


 へえ……随分かわいらしい事で。まあ確かに周りが女子ばっかで、男子は全員先輩後輩なのは気が引けるよなあ。その気持ちはスゲー分かるぞ木し──


「何、部の情報を話しているんだ──お前はアアァァァーー!!!」


 ズガゴッシャァァァン! っと物凄い破壊音が辺りに響く。先生が、木柴の頭を撫でていた手を髪を掴む拳に変形させ、そのまま勢いで、掴んでいた顔面を机に打ち付ける。えええぇぇぇ……沸点どうなってんだよ……。


「ギャアアアァァッーー!!!」

「機密情報を外部に漏らすとはどういう料簡だ貴様ぁぁぁぁ!! 万死に値する! 万死に値する!!」


 続けてガンガンと木柴の頭を激しく机に打ちつける。それは、教師が生徒に手を上げる、昨今の体罰問題が霞む程の圧倒的暴力だった。


「ちょ、先生ストップ! 木柴が死んじゃいますって先生!

 先生ぇぇぇーーー!!」


 そんなこんなで、爆弾教師とのハチャメチャな昼食を終えるのだった。


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