第14話 突撃!取材旅行!
「それでは、どこに行くか決めようか」
今日は部室には取材班しかいない。風間先輩達が率いる編集班は、別件でいないとの事。担任の教師に生徒3人というプチ2-Aの状態だ。
「なんかさあ、たまには国内でどうよ。今まで海外ばっかりで、若干飽きてきたぜ〜」
木柴が背もたれに深く体重を預け、そうぼやく。
「まぁ確かに、部の設立以降、全ての取材は海外で行って来たからな。一度国内という選択肢を挟んでみるか?」
「そうだな〜……って、ひなた何読んでんだ?」
「そこにあったグルメ特集の雑誌だよ。ほら、近い所が載ってるからさ」
「……ふーん、って
「そういえば、猿弥って中学の時にこっちきたもんね」
小田さんが読んでいた雑誌には、一面に大きく肉フェア! と書かれたポップなフォントに、一面に大きくステーキの写真が貼られていた。見るだけで唾が出るような、輝きのある赤身肉。旨そうだな……。
「よし、では取材先は隣町の尾羽里町にするか。丁度、水先案内人もいることだしな」
「わあ、いいですね。たまには近辺を取材っていうのも、いいと思いますっ」
「案内人って俺か……まあ、いいぜ。俺がバッチリ案内してやるよ!」
木柴は腕を前に突き出しやる気を見せる。世界旅行も期待してはいたが、ローカルな地元旅ってのも悪くない。一泊二日の取材旅行。俺達は早速取材の準備をして、次の休日に向かう事になった。
────
──
そして当日の日曜朝、俺達は学校の最寄り駅である光高前駅へ集合した。皆の私服姿は新鮮だ。過ごしやすかった昨日までと違い、真夏日のような日差しの強い日だったので、小田さんと北条先生の私服はかなり薄く露出度が高い。少し目のやり場に困ってしまう。ふっ……日差しもだが、それ以上に小田さんと先生のささやかな谷間と生足が眩しい。って、変態か俺は!
「目的地までは電車で乗り換え無しで一本だ。各駅停車で2駅。短い旅だな」
近いが……少し膀胱が心配なので、トイレに行っておくことにした。トイレ帰り、改札口付近の自販機で飲み物を買っていた小田さんに会う。
「あ、佐藤君お帰り。先生達もう車内入ってるよ。一緒に行こう」
小田さんが取り出し口からジュースを取ろうと屈んだ拍子に、リュックから数枚のパンフレットが落ちる。パンフレットには尾羽里町の観光グルメスポットと書かれていた。俺は落ちたパンフレットを拾って小田さんに渡す。
「ごめん、ありがと」
「今回の取材、結構気合い入ってるみたいだね」
「うん。今回っていうか、毎回この旅行取材は楽しみにしてるの。修学旅行以外で、皆で一緒にお泊まりしたりするのって、他校じゃあまり出来ないと思うんだ」
小田さんはそう言うと、屈託無い笑顔を見せる。確かに部活で海外行くような学校はそうそう無いだろう。父さんに感謝しなきゃな……そろそろ出発の時間だ。俺達は乗り遅れる前に、階段を上った。
小田さんと階段を上りきり、ホームに出た瞬間、それは前触れもなく起きた。
「あっ……」
隣で歩いていた小田さんが突然フラりと立ちくらみをし、倒れそうになった。つまずき、黄色の線を越えてヨロヨロと歩くその先は、反対側の電車のいない線路ホーム。俺は一瞬で総毛立った。この駅にはホームドアも無く、日曜なのもあってか、人の姿も無く駅員なども見当たらない。今落ちてしまえば、駅員を呼ぶ前に電車が来て……俺は全身体をフル稼働させ、小田さんの元へ踏み込む。
「ぎょっっべぇッッ!!!!」
声にならない叫び声を発しながら、俺はなんとか小田さんを引っ張り、抱え込む事に成功した。あまりにも咄嗟の事だったので、俺も彼女も脱力するように地面に尻餅をついてしまう。暫くの間、心臓の鼓動が鳴り止まなかった。
「ご、ごめんね佐藤君……ちょっと立ちくらみしちゃって……」
彼女は額に手を当てながら苦笑いをする。貧血なのだろうか。しかし……彼女の全体重を俺の腕で支えたのにも関わらず、腕には何の痛みもない。軽いんだな……小田さんって。俺が支えなかったら、落ちて骨でも折れてたんじゃないかと不安になるほど、彼女の身体は細く、そして弱々しく感じた。もしこの場に俺がいなかったらと思うとゾッとする。
「ごめんね、私身体弱くってさ……こうやってすぐに倒れちゃうし、あまり外出はするなって医者にも止められてて……ホントはこの取材も先生に無理言って連れてってもらったの」
彼女は体重を俺の腕に預けたまま話し出す。そうか、前に部室の外で先生と話してたのはその事だったんだ。
「なんで……そうまでして取材に付いていきたかったんだ?」
「外と世界を見てみたかったの。私、ここに来るまでは、外出とか周りがさせてくれなくて、修学旅行とかも見送ってたんだ……でも、光宙に来てからは北条先生や理事長先生のおかげで、しがらみ無く外出出来るようにしてくれたの。去年も色んな所に行ったし、今年も逃す訳にはいかないって思ってさ。今まで外の世界を見れなかった分、今のうちに目一杯楽しみたいからね」
まあ、一生に一回しかない学生生活を楽しみたいって気持ちは分かる。彼女にも色々あったんだな。それにしても意思の強い女子だ……親や医者の反対があっても、自分のしたい事を突き通す。身体が弱くても心は元気で活発で、好奇心旺盛。それが彼女自身の本質なんだろう。
「あの、さ……この立ちくらみしたって事、先生には内緒にしてて──」
「あの……それより、そろそろ起き上がれないかな。この体勢わりかし抵抗あるんだけど……」
「えっ?」
座っている彼女の背中を、右手で支えている形になっているので、接触面積が狭いとはいえ、かなり恥ずかしい。彼女もようやく今の状態を察したのか、みるみるウチに顔を紅潮させ、口をあわあわと動かす。
「わあっ、ごめん佐藤君。立つ、すぐに立つから」
彼女は手をばたばたさせ腰に力をいれる。そんな過大な反応されるとこっちも恥ずかしくなってくるが……けれど、彼女はふんふんと力をいれるだけで、全く立つ気配が無い。
「あ、あれ? 腰に力が入らない……立てない」
「ちょ、大丈夫?」
そしてその時は無慈悲やってくる。独特なメロディがホームに響き渡り、間もなく発車しますという駅員のアナウンスが聞こえてくる。長居しすぎたのだ。電光掲示板を見ると、もう発車の時刻になっていた。
「うお、ヤバい! 小田さん、もう電車乗らないと!」
「嘘っ……うう、ごめんっ、立とうとしてるんだけど、力が……」
「くっ、小田さん、ちょっと失礼するぜ!」
「あっ……」
俺は小田さんをそのままお姫様抱っこをして、電車へと駆け込む。身体が軽かったおかげで、なんとか乗車するのに間に合った。車両に入ったと同時に、焦った表情の木柴が隣の車両から駆け込んで来る。
「うお、佐藤にひなた! 時間なっても来ないから、探したぞ全く……って、何してんだ」
鳩が豆鉄砲を食ったような顔で木柴がポカンとする。お姫様抱っこで電車に駆け込んだのだ。そりゃ困惑するわな……式当日に花嫁を奪った恋人か俺は……周りに他の人間がいないのが救いだ。こんな所を学校の生徒に見られていたらと思うと、たまったもんじゃない。小田さんは木柴の前でこの体勢を晒すのは、嫌だったのか「もうおろしてっ」と足をぱたぱたする。が、下ろしてもまだ自力で立てないらしく、俺と木柴が肩をかして運ぶことにした。
「なるほど、ひなたがいつものね……最近無かったから、一人でも大丈夫だと思って油断したのが悪かったな。佐藤がいて助かったぜ」
俺達は荷物と先生がいる場所まで向かう。今まで気付かなかったが、この電車の座席はボックスシートに変形する事ができる。こういう対面座席ってまだあったんだな……。
「何があった?」
俺達を見るや先生は駆け寄り、小田さんを椅子に座らせる。俺の口から経緯を話す。小田さんは内緒にしててと言っていたが、流石に生命の危険があったかもしれない事故だ。隠す訳にはいかない。
「そうか……」
「先生っ、私大丈夫です! 身体はなんともありません。全然、具合が悪くなんか……」
「ひなたサン」
先生は喋る小田さんの口元を、むぎゅっと片手でつまむ。
「体調が良くとも、先ほど君は既の所で線路に落ちそうになった。最悪の事態になる手前だったんだぞ。佐藤クンがいなければ、君は死んでいたかもしれない。保護する立場にある教師……大人として、それを易々と等閑視する事は出来ない」
「うっ……」
10割先生が正しい。大事故になっていたのかもしれなかったのだから。が……小田さんがあんなにも楽しみにしていた旅行を、ここで中止してしまうのはあまりにも酷だ。俺はどうにかして取り繕おうと先生に声をかけようとしたが、その前に先生が口を開く。
「が……君がどれ程この旅を楽しみに待っていたかは、私がよく知っている。私もそれを壊したくは無い。悪いのは君の監督責任を怠った私だ……旅は続ける。だが、次回からは気を付けてくれ」
「あ……ありがとうございます」
いい教師だな、北条先生は。小田さんが荷物をまとめ、背を見せている時に、先生が俺にそっと耳打ちしてくる。
「……佐藤クン、君は見事な判断力だったな。ひなたサンの身の安全を守りつつ、発車時刻にも間に合って見せた。あの機転はそう出来るものではない」
「ええ、どうも」
「よって……この旅では、佐藤クンはひなたサンの側を離れず、守ってやってほしい。私は先導しなければならないし、木柴はぶきっちょだからな。君がいれば私の目の届かない場所でも安心できる。頼めるか?」
俺が小田さんを……確かに、これから先何が起こるか分からない。ならば俺はシンデレラを守るナイトとなろう。フッ……我ながらまたクサイ事を。俺は誰にも分からないくらい、小さく頷いた。
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