第15話 尾羽里町
「よっしゃー、着いたぜ尾羽里町ー! いやあ、なっつかしいなあ」
駅を降りるや否や、木柴は辺りをキョロキョロ見て嬉しそうに声をあげる……が、俺を含む三人は険しい表情をしていた。異変に気づいたのは、手前の駅を出発した時からだ。尾羽里町の看板の先は、暗雲が立ち込め、町並みの景観も寂れて見えた。そして、駅に着き降り立った所で、その不安は的中する事になる。
「変わってねえなあ……道路にまで侵食した落書き! 窓の割れた廃車! 血がついた折れた道路標識! 懐かしいぜ〜!」
そう、町並みがなんというかこう……世紀末なんだ。ビルが崩壊していたり、辺り一面荒野だという訳ではない。それなりに大きい商業施設や住宅街が所狭しと並んでおり、賑わっている方だと言えよう。が、町を包み込む不穏な空気はどうしても消えない。初めてだ、治安が悪いという空気を肌で感じたのは。俺の心に、この鉛色の空のような暗雲が立ち込める。
「あの先生、本当にここ尾羽里町なんですか? パンフレットに載ってあった写真と随分違うような……」
「いや、駅は間違いなく尾羽里駅だ。地図情報もここは尾羽里町だと示している。目的地に違いない」
「うぅっ……なんなんですか、この荒れた町。猿弥、こんな所に住んでたの?」
眉間にしわを寄せる二人に、木柴は笑顔でサムズアップして見せる。
「おう! ちょっと薄汚れた町だけど、いいトコだぜ!」
そう木柴が言った瞬間、どこからともなくパァン! と乾いた発砲音のようなものが鳴り響く。俺と小田さんはボーゼンと顔を見合わせる。開いた口が塞がらないとはまさにこの事だ。帰りたくなってきたぞ……。
「とりあえずホテルへチェックインするか。木柴お墨付きの宿らしくてな。早速行くとしよう」
先生は聞こえないフリをすると、冷や汗をたらしながら俺達を先導していった。アウトロー爆弾教師だけど、こういうトコはしっかり嫌なんだな……。
雑居ビルが立ち並ぶ町の中央。ビルの隙間にある通りは、昼間だというのにひどく真っ暗に見え、その先は暗黒であった。飯店特有の換気扇を通した料理の匂いと生暖かい風。そしてすれ違う人々は、どこか異質な雰囲気というか、逸脱している風貌の人間ばかり。本当にすごい所に来てしまったと改めて実感してしまう。不良とか半グレとのトラブルに対処できそうな面子でもない……はは、絡まれたら終わりだ。
緊張しつつホテルへと向かって歩いている最中、とても香ばしい炭の香りに、ふと足を止めてしまう。醤油や肉の、鼻に通るだけで唾が出るような、食欲涌き出る匂い。焼き鳥屋だ。見ると一人のサングラスをかけた強面の初老男性が、屋台で焼き鳥を転がしていた。
「おっ、うまそうな匂いだなあ。せっかくだし、つまみ食いしとくか?」
木柴がそう提案する。ふむ、気が合うな。俺もそうしたいと思っていた所だ。空きっ腹に肉とタレの香りという強烈なボディーブローは、俺の食欲ダムを決壊させるには十分すぎた。先生や小田さんも同じだったのか、昼前に少しだけならと了承する。
「ん? 待てよ。なんか見覚えるあるおっさんだな……」
木柴はそう言うと店主の方へと駆けて行く。「おーい、オヤジー! 久しぶりだなあ!」と、手を降りながら声をかける木柴に、店主は一瞬考え込むと、直ぐ様驚いた表情を見せる。
「あん、誰だぁ? 町内の悪ガキに、俺をオヤジと呼ぶ知り合いなんて………うお!? お前まさか猿弥か!?」
「ひっさしぶりだな町長! 白髪増えたんじゃねえか?」
「変わったのはお前だよ! クソガキが随分と可愛くなったじゃねえかよ、オイ!」
店主は木柴の肩をバンバンと叩く。町長!? カタギか怪しい身なりの男であったが、この町のトップだったのか。二人はお互いを見るや、少年のように嬉しそうな声をあげていた。知り合いなんだろうか。っていうか、町長が何故焼き鳥の屋台を?
「ん、ツレがいるのか……うお、こりゃまたべっぴんさんじゃねえか。そうか、お前を貰ってくれるいい人が見つかったんだな……」
「バッ……ちげーよ!」
「こんにちは。私は私立光宙高等学校の教員を勤めています、北条と申します。本日は新聞部の活動で食の取材をしに、この地へ足を運んできたんです」
「おお、そうなんですかい。俺はこの町の町長をやっている松下ってもんだ。光高か……ウチのワルガキ達も結構な数行ってた気がするな。世話になってるぜ。へへ、しかし食の取材か。ようやく宣伝が聞いてきたんだなあ……歓迎するぜ。好きなだけこの町を掘り下げてやってくれや!」
「しかし、町長殿が何故このような場所で屋台主を?」
「おう、あれを見ねえ」
町長が指差す先にある丘の上。そこには黄色く明るく照らされた紙提灯が数多く飾られていた。そして再び鳴り響くパァンという乾いた音。なるほど、今音の正体が分かった。
「今日から春のダンジョー祭りよ! この町でやってる季節の初めを祝う祭りさ。大規模な祭りで、町外からもバンバン参加者がやってくる。こういうのは町長が率先して盛り上げないとだしな! 是非あんたらも縁日の雰囲気を楽しんでいってくれ。祭りは夜からだから、それまで観光でもしてったらいいぜ」
「うお、そっか! もうダンジョー祭りの季節かぁ……あー! 筋斗雲食いてえなぁ!」
「筋斗雲?」
「ああ。ダンジョー祭りでしか食べることの出来ない、黄金色のわたあめだぜ。あれスゲー旨いんだよっ」
「へぇ……」
「では私どもは、ホテルへ荷物を置いて観光に行って参ります。町長殿、焼き鳥ありがとう」
「またな町長ー!」
俺と小田さんと木柴は、焼きたての焼き鳥を口に運び込む。こりゃうめえ、炭の香ばしい香りとタレの味が絶妙だ。白米欲しくなるな……。
「……ところで先生さんよ。この町の光景は見ただろ?」
「ええ。失礼ながら、かなり荒れているようですね」
「昔はこんなんじゃなかったんだ。確かにこの町にゃヤンチャ者は多かったが、町を破壊するようなガキ共はいなかった。最近、隣町から流れているヤツらが治安を乱しているんだ。警察もロクに取り合っちゃくれねえ。今年ダンジョー祭り、何かあるかもしれん……先生達も気を付けな」
「忠告ありがとうございます。ところで──」
あれ、先生と町長は何を話してたんだ? 先生が右手焼き鳥、左手に缶ビールを持って帰って来た。朝っぱらから飲む気かこの人。何ちゃっかりビール買ってんだよ!
「よし、ホテルに向かうぞ。荷物を置いたら、少し休憩した後に早速取材と行こうじゃないか」
俺達は焼き鳥を頬張りながら、目的地へと歩いて行く。すれ違う人達の中に、浴衣を着ている人がちらほらと見える。へえ、春に見る浴衣ってのも悪くないな。
「………で、ホテルに着いた訳だが。木柴、これはどういう事だ?」
「へ、へへ……面白いかなって思ったんだけど、笑えなかった? 地元の先輩も皆ここを利用して……」
ホテルへの往路を通る時に嫌な予感はしていた。なんか暗くね? って。俺の予感は見事的中してしまった。乾いた風が口内を通る。また、空いた口が塞がらない。俺は先生と小田さんの顔を見る事が出来なかったが、壮絶な表情をしているのは確かだろう。
『ホテル〜栗鮑〜』
「誰がラブホテルに案内しろと言った貴様ァ!!」
先生はドゴォっと木柴の鳩尾に膝蹴りを食らわせる。赤茶色のレンガで出来た5階建ての建物。なんとなーく匂わせるピンクな雰囲気が溢れ出ていた。
「ぐぼはぁッ!? ち、ちが……ここ前まではそうだったけど……今は改装して普通のホテルに……なってるから……」
祭りのせいなのか、他のホテルを予約しようにもどこも空室が無く、結局ここのホテルへチェックインする事になった。普通のホテルになったとはいえ、薄暗い通りに英語で書かれたネオンライトの看板……いかがわしい空気は健在だ。なんだか先行きが不安になってきたぜ……。
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