第4話 生徒会城

 木柴の蘇生と午後の授業を終えた俺は、放課後は特に寄る場所もなかったので、そのまま帰宅しようとする。しかし、ここで生き返ったばかりのゾンビ猿がまたもや俺の行く手を阻む。木柴は、俺が立ち上がる前に、俺の机に両手をバンと置き、ムカつくほどいい笑顔で俺に話しかけてくる。


「よーし! 佐藤、一緒に放課後どっか遊び行こうぜ!」


 元気な小学生男子かお前は。帰らせてくれよ。というかこいつなんで俺ばっかに構ってくるんだ? 友達いないのか? 気を使ってくれてるのはありがたいが、俺は別に寂しいとは思ってないぞ。というか光宙に転校してきたんだし、折角なら女の子達と……あれ? そういえばコイツ、部活で同級生がいなくてぼっちだから部活未加入の俺を誘おうとしてたんだったけか。

 ……なんだか、急激にこいつの笑顔が胡散臭く見えてきたな。というかだんだんムカついてきたな。持ってる辞書で頭殴っていいかな。猿っていうくらいだし石頭だろ、斉天大聖孫悟空みたいに。けれど、こいつが今顔面にとてつもない数の包帯が巻かれているのを思い出し、今日のところは慈悲をくれてやった。教室を出ようとしたその時、前からやってきた男子生徒に声をかけられる。


「ああ佐藤氏。待ってください」


 世界で一番呼ばれたくない敬称で俺の名を呼ぶそのメガネの男は、俺の机に寄りかかり、メガネをクイッとして格好つけて見せた。なんだこいつ。


「僕は学級委員の狗田いぬた利賀としのりです、今後とも宜しく頼みますよ。実は君に先生から書類を預かっていましてね。提出は明日で構わないので、書いて持ってきて下さい」


 そう言って狗田と名乗るクラスメイトは俺にプリントを手渡した。猿の次は犬ってか。次はいよいよ雉でも出てくるんじゃないか? プリントは色々書いてあったが、読むのが面倒なので、読まずにファイルに入れてカバンに突っ込む。


「お、イヌちゃんじゃねーか。どうだ、イヌちゃんも放課後付き合わないか?」

「それは構いませんが……木柴氏、僕をワンちゃんみたいに呼ばないでほしい。僕は犬じゃなくて狗です。間違えないでほしいですね。さもなければ、今後はあなたの事をチンパンジーと呼称します」

「なんで? なんかもう愛称じゃなくて蔑称になってね? 俺要素一個も無くね!?」


 3人で長い廊下を歩いている最中、ふと窓の外を見やる。そこには、これまたとんでもない建造物が建っていた。そう、ファンタジーでよく見る城であった。教室棟の窓から見える石造りのそれは、植物や花々で埋め尽くされた庭園に囲まれ、静かに異彩を放っていた。その威風堂々とした様はまさに『城』であった。


「西洋風の城がなぜ教室棟の校庭に!?」


 あんなゲームでしか見たことのない建造物が高校にあるという異物感……ああ、めまいがする。理解が全く追い付かない。なんなんだよこの学校……。

 俺が頭を抱えながら窓の外の城を見ていると、木柴が察したのか俺の肩に手をぽんっと置くと説明してくれた。


「あれはな佐藤、"生徒会城"ってんだ。この学校の生徒会の人間が出入りする居城さ」

「せ、生徒会ぃ……? あんなファンタジーちっくで、無駄に費用かかってそうな建物がか……?」

「ええ。この学校の生徒会は特殊でしてね。他校と違って学校の運営やら来客対応やら、普通は教職員や学校法人が受ける仕事を一部担ってるくらいなんです。この学校こそ難関校ですが、その中でもトップクラスの知識、教養、才能を持った人達の集まりなんですよ」


 続けて狗田が説明する。お前やっぱそういう立ち位置なんだな。今後も説明キャラとして頼んだぞ、インテリガネメよ。


「頭良さそうな大人がやるような仕事を、任せられてる高校生だなんてとんでもねえだろ? だからまあ、制服も特殊な白制服だったり、ああやって場所を設けられて特別扱いされてんのさ」

「そういえば難関校っつーことは木柴も頭いいんだよな。いや、誰かさんみたいに裏口の可能性もあるな。これ絶対裏口だろ……こいつ頭悪そうだし。口に出すと傷つきそうだし言わないでおこう」

「もしもし? 全部聞こえてますけど?」

「そんなヤバいヤツらってんなら、その上にいる生徒会長って相当ヤバいんじゃないか?」


 固く拳を握る木柴に、俺は無視して気になっていた質問を投げる。すると怒りはどこへやら、腕を組んで得意そうに説明し始める。やっぱこいつアホだ。


「ああ、生徒会長……2-Cの上杉麻冬うえすぎまふゆか。彼女も確かにヤバいな、なんたって経歴と肩書きが半端じゃねえのよ。上場企業の社長令嬢で、町で2番目の金持ちなんだ。それだけじゃない。本人も凄くて、生徒の噂によれば学校主席はもちろん全国模試1位、漢検数検1級、TOEIC満点、鳥人間コンテスト優勝、天下一武道会予選敗退、ハンター試験不合格、中忍試験合格……もうとにかくヤベーんだ!」


 ある意味ヤベーよその経歴……中忍試験合格すげえ気になるなあ〜、どこの里出身なんだろ……。


「あまり良い噂は聞きませんね。独裁者だとか、生徒を見下してる冷酷無比な女帝だとか……性格は良い意味でも悪い意味でも実直。少しの風紀の乱れも許さぬ姿勢で、常に校内に目を光らせています。さらに、校則を破った者を退学処分にする権利も持ち合わせており、その権威あってか、我が校の不良達も彼女には頭が上がりません。真偽の方は不明ですが、それらの噂が蔓延しているのは事実です」

「え? この学校不良いるの?」

「まあ多少な。3年とかやべーのはいるぞ結構。ドクロ組とかな……」

「ふーん……」


 生徒会長か。よくいる高嶺の花のカリスマといった所なんだろう。あまり直接関わることはないんだろうな……お嬢様生徒会長か、きっとすごい美人なんだろうな。うわぁ、顔立ちより中忍試験合格が気になりすぎてそれ所じゃねえや。


「生徒会かっけえよなー、入ったらモテモテだろうしよ……けど、高次元の存在すぎて無理だわ。こうしてダチと適当にブラブラとやってる方が楽しいし、貴重な青春を何かに縛られて送るなんて、性に合わねえや。高校生は自由に遊んでなんぼだろ!」

「会長の出身の里、木柴はどこだと思う? 俺は霧隠れだと思うんだけどさ」

「俺の話無視ですか? 地味に語っちゃったから結構恥ずかしいんですけど!?」


 木柴達と適当な買い食いをして時間を潰し夕方まで過ごす。暗くなってきた所で解散し、俺も帰宅することにして電車に乗る。


「だーまー」


 どこか高級そうな雰囲気を醸し出す家々が連なった、坂道の住宅街。その中で一際目立つ真っ赤な家に、俺の長年によって簡略化された帰宅の挨拶が響く。

 我が家は母親の旧姓が近衛……五摂家の一つである旧華族近衛氏の流れを組んでいる。つまり金持ちだ。とはいっても俺にとっては、生まれた時からそれが当たり前だったので金持ちの自覚はない。

 家に帰ると既に母さんが夕食の支度をしている最中だった。靴を見て気付いたが、もう父さんも帰ってきている。早めに帰ってきていたのか、着替えてリビングのソファでコーヒーを飲みながらPCを弄っていた。父は俺に気付くと、待ってましたと言わんばかりにPCを閉じ俺に向き直る。


「おかえり佑樹! 携帯で友達と遊ぶから遅くなるって言ってたが、転校早々友人を作るなんてスゴいじゃないか! 転校は大成功だったか?」


 50代という年齢を感じさせない締まった筋肉に、20歳は若く見える端正な顔立ち……この人は佐藤誠。俺の父親だ。自覚はないが、今の俺は父さんの若い頃の生き写だと母さんは言う。そんな似てるか? ちなみにだが──


「まあ、そんなとこだな。で? 父さんはなんでそんな早いんだ? 教師って夕方に帰れる職業なのか?」

「ははは。別に業務は自宅のPCで出来るからな。しかし北条先生に聞いたぞ佑樹、中々優秀で印象良いらしいじゃないか。さすが私の息子だぞ!」


 そう、光宙高校で教師として働いているのだ。引っ越してきたのもそういう事である。家では仕事の事を全くと言ってもいいほど話さないので、どんな教科を教えている教師なのかは分からないが、職場の学校に通うとなればいつか出会う事になるだろう。

 今日はこれといって特別な事はなく、普通に夕食を食べて普通の夜の時間を過ごす。明日からまた新たな日常が始まる。慣れない環境に体力を多く使うだろうし、今日はいつもより早めに寝ることにした。

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