第5話 滑って転んで

 転校二日目の朝、前日と同じように学校へ続く坂道を登っていく。前回は話しながら歩いていたせいで気付かなかったが……結構キツイなこの坂。毎日登れば相当体力がつきそうだ。まばらにいる他生徒と共に坂を登っていると、見知った後ろ姿が見えてくる。

 木柴だ。イヤフォンをしながらノロノロと歩いている。このまま通り過ぎてもいいが、恐らく向こうが気付いて話しかけてくるのが目に見えてるので、仕方なく挨拶をすることにした。


「よう、おはよう」


 イヤフォンで気付かないと思い、後ろから軽く肩を叩いてやる。木柴は一瞬ビクッと震えると後ろを振り向き、嬉しそうにイヤフォンを取って挨拶を返してくる。


「よう、おはようさん佐藤! 今日も男前だな!」

「なんだ急に。金はかさねーぞ」

「借りねーよ! 深読みするんじゃねー。ただ褒めただけだっつーのっ」

「お前……そっちの気なのか? 悪いけど俺ノンケなんだわ」

「だーもう、ちげーよ!」

「っていうか何聞いてたんだ?」

「ああ。これか? やわ◯か戦車だよ」

「古ッ! ってかフラッシュなら動画で見ろよ、聴くもんじゃねーだろ」


 木柴と無益な会話をしていると、後方から何やらざわざわと聞こえてくる。

 なんだ? と振り返ると、20人ほどの人の集団がこちらに向かってきていた。集団の人間は、全員中心にいる人物に向いているようで、全て女子生徒であった。その中心にいる男子生徒は、他とは違う純白の制服を着用していた。


「あれか。昨日話したろ? あの白制服が生徒会の人間だ。生徒会は入部するだけで、いい大学の推薦だって受けれるし、学校で様々な恩恵を得られる。言うところの貴族サマだよ。それを狙ってか倍率はハンパねえんだと。ま、入るには生徒会役員の紹介が無いと、実質入れないんだけどな」

「ふーん、それであんなモテモテなのか。あわよくば紹介してもらえないかと……」

「アイツは確か副会長の直江だったか。見ろよあの凱旋ハーレム……ったく見てらんねえな」


 木柴は行こうぜと言って一瞥すると、坂を歩き出す。あれが生徒会の人間か……顔はよく見えないが、ああやって女子に囲まれてる奴なんて存在したんだな。ほんとに別世界の人間なんだと改めて認識したのであった。

 午前の授業を終えた所で、昼のチャイムが鳴る。もう昼か。この学校は時間が早く感じるな。授業中木柴がチラチラと目線を送ってきていたので、あえて声をかけられる前に早々に退室を決め込んだ。悪いな木柴、今日は一人で食う気分なんだ。しかし面と向かって断るのは気が引けるというもの。自然な流れにするために、気付かないフリをして……。


「……!」


 しかし追っ手は追撃を辞さなかった。木柴は自然と声をかけるつもりなのか、俺の後をついて教室を出てきのだ。俺は少し足を早め距離をとろうとするが、木柴は駆け足で俺の撤退を許さなかった。

 くっ……この猿、追撃戦が得意なのか……目には見えないが絶対に逃がさないという意志が背中越しに伝わってくる。あまり気を使わせず、傷付けず、自然と退散をするつもりだったが、ここからはもう意地だ。絶対逃げ切ってやる。俺は木柴に気を使う事をやめ、全速力でその場から撤退する。

 木柴は、後ろから「あ、まてこらー!」と叫び全速力で追いかけてくる。だが残念だったな、俺は足が速いんだ。自慢の俊足で木柴との距離を離し、ついに振り切った。撤退戦に勝利した。

 ふん、猿一匹から逃げるなんぞ造作もなき事よ。しかしその直後、友の温情を蔑ろにした罰なのか、曲がり角を曲がる際に事故にあってしまう。


「む? セイッッ!!!」


 角を曲がった際に一瞬男の顔が見え、ヤバいぶつかると思ったその刹那、世界が反転し全身にビッグバンのような衝撃が走った。な……何を言ってるのかわからねーと思うがおれも何をされたのかわからなかった……一瞬の痛みと共に、俺の意識は消えていった。薄れいく意識の中、俺には、ぼやける男の顔と声が聞こえてきた。


「面倒な……だがこのままにはしておけんか」


 身体が浮き、視点が回り、人肌を感受した所で、俺は意識を手放した。


 ────

 ──


「はうっ!!!」


 ジャーキングによって俺は目を覚ました。身体のけいれんと共に全身がズキっと痛む。目開けると知らない天井……気を失っていたのか。誰かに介抱され運ばれたらしい。しかしなんだこの場所は。バカデカいシャンデリアに、ブルーモスクのような天井装飾。今寝ているベッドも、いかにも高級そうな素材で作られていた。学校なのか? ここは。

 俺は身体を起き上がらせ辺りを見渡す。すると、遠くのイスに座って読書をしている男と目があった。男は俺が起きたのに気が付くと、立ち上がり、俺の方へ歩み寄る。ベージュ色の髪、鋭い目付きに整っている顔立ち……校章には2-Bとかかれており、その上には見たこともないドス黒い、厳つい勲章のようなバッジ。そして、その黒い勲章を目立たせる純白の制服を身に纏っていた。


「目が覚めたか」


 ようやくかと言わんばかりの声音で俺の前に立つ。この男、恐らく今朝に見たハーレムの中心にいた生徒会の人間だ。じゃあここはまさか──


「保健室までは面倒だったから、丁度近くにあった生徒会城へ運ばせてもらった」


 文字通り生徒会の根城の生徒会城かここ! 思ってた通り内装がとてつもないな……どんなとこに金かけてんだよ理事長……。


「全く……死角から突然人間が突撃しに来たものだから、思わず叩き潰してしまったではないか。だがまあ、大した怪我じゃなさそうだな」


 やっぱなんかされたのか。突撃されたとはいえ、出会い頭に相手を卒倒させんなよ……しかし、ここまでわざわざ運んで、介抱してくれた礼は言っておかなければな。


「運んでくれてありがとうな。えーっと副会長の直江だっけ? 佐藤だ、よろしくな」

「私の名を知っていたか。気にする必要は無い、当然の行動をしたに過ぎん……さて佐藤」


 直江は俺に立つように促す。ついてこいとでも言うのだろうか?


「この城に生徒会の人間以外が入った場合、まず最初に会うべきお方がいる──生徒会長の上杉さんに挨拶をしに行くぞ。それがこの聖域のルールだ」

「うえぇっ!? 会長に挨拶か……」


 俺は先日木柴と狗田が言っていたことを思い出した。数々の功績を挙げており、一生徒ながら学校の統治者とも言える働きをしている光宙生徒の絶対的な存在。一体どんな人物なんだろうか?

 権力者というのはどうにも苦手だが、如何せん会ってみたくなっていた。だって中忍試験合格してんだろ? そりゃ会うだろ。俺は仕方なく、生徒会長がおわす部屋へと向かうことにした。

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