第6話 湛然不動のお嬢様
城の奥へ足を運ぶと、徐々に会長室という扉が見えてくる。直江は俺に準備はいいなと目で合図をし、俺は首を小さく縦に降って答える。
「会長、失礼します」
中は他の部屋とは若干控えめなものだった。家具や装飾は他の場所と比べて質素であり、些か華やかさに欠ける……いいや、俺も金持ちの端くれとして分かる。この部屋の物は、この城のどの装飾家具より高価だ。こういうシンプルな作りの物が信じられないほど値段が高いんだよ。
その趣と気品のある内装をした部屋の中央にある大きなデスク……その場所で一人の女性がパソコンで作業をしていた。その集中力は俺達には気付いているのかさえ分からない。そんな状況は気にせず、直江が一歩前へ出て口を開く。
「会長、怪我の手当てをした者を連れてきました。生徒会の人間ではない為、一応会長に挨拶をと……」
部屋に入って感じた何かこう……キリッとした空気あるいはオーラ。その主である彼女が直江の一言によってピタリと手を止め、ゆっくりとこちらに向かって歩いて来る。
生徒会長……上杉麻冬。セミロングの綺麗な
俺の次の言葉が形成される前に、会長の口がゆっくりと開かれた。
「挨拶なんて必要無いと言うのに……直江が手間をかけさせたな。怪我は大事ないか?」
その氷のような顔立ちからは想像もつかない優しい声は、相手を気遣うというのを声音だけで感じ取れてしまう程だった。作業中だったし噂が噂だったので、てっきり忙しいから帰れと言われるかと思ったら、わざわざ手を止めてこちらに来てくれたのだ。マズイ、初対面だというのに好きになっちゃいそうだ。柄にも無く顔を赤くしては恥ずかしい。俺は飽くまで冷静に対応する。
「ああ、ありがとう。仕事で忙しそうなのに悪いな」
「え………? ああ、いや……いいんだ。客人に対して片手間では礼を欠くからな。それに特別忙しい訳じゃないから、気にする必要はないよ」
なんだ? 上杉会長は一瞬驚いたような素振りを見せたが、すぐ様微笑を浮かべて誤魔化す。その溢した笑みは、何故かかなり嬉しそうに見えた。
ふと、思い出したかのように身体が空腹感を訴えかける。そういえば昼食を食べに行く最中に気を失ったから結局食べてないんだった。
「来て早々に悪いんだけど腹減ってさ。そろそろ学食戻っていいかな?」
「ああ、そうか。昼食がまだだったんだね。そうだな……お詫び、という程でもないが簡単なものならこちらで出せるぞ。どうだ?」
「おお、それは助かる。せっかくだしお言葉に甘えていただこうかな」
やったね。不幸あれば僥倖あり。昼食を会長が出してくれるらしい。昼飯代が浮くのもそうだが、生徒会の人間が食べている昼食という響きは、なんだか特別感があって自然と気分が高揚するというもの。俺は少しの期待感を抱きながら、会長が奥の部屋へと入っていくのを見届ける。
「あぁ……あぁう……」
後ろから嗚咽が聞こえてきる。振り返ると、もの凄い形相をした汗だくの直江が俺をじっと見つめていた。え、何? キモい。怖いんですけど……発情したの? 顎を震わせながら俺を指差し口を開く。
「おま……お前………会長に対して敬語も使わず……しかも、畏れ多くも昼食まで用意させるだと……!? し、正気の沙汰ではないぞ貴様……不敬だ……不敬すぎる!」
「不敬ってお前……いくら会長だからって、それは言い過ぎだろ」
「何だと……!? お前も俗人ながら感じはしただろう! 面と向かって話すのも躊躇うような、会長の崇高な絶対王者のオーラを! 普通、自然と口から敬語が溢れるだろう!?」
「確かに役職は上かもしれないし、一目見ただけですげーって思えるけど、一応同級生だろ? そこまで畏敬する必要ないと思うんだけど」
「なんという男だ貴様……! ただでさえ、お忙しく校務をなさっている間を、こうして時間を割いていらっしゃるのだ……私は緊張で倒れそうなのだぞ……!」
今分かった。俺が彼女と相対して感じたのは、孤独──悲しい程までの
「あり得ない……よく平然としていられるな佐藤……私は近くに立っているというだけで張り詰めそうだ……!」
会長ってそんな怖いのか? 聞いてみたら、他の生徒会のメンバー……というか全生徒が会長に対してはそんな感じらしい。社会人じゃあるまいし、高校生のうちからそんなんで疲れないのかね……。
しばらくすると、会長が皿と魔法瓶を持って帰って来た。皿には美味しそうな卵と葉物のサンドイッチが乗っている。あれ、まさか手作りか? マジかよ。
「適当にあった食材を使って作ってみたぞ。口に合うかは分からないけど。こんなものでも良ければ食べていってくれ」
会長は直江にもサンドイッチ差し出したが、「畏れ多いです!」というセリフを捨てて逃げてしまった。せっかくの好意を無下にすることの方がよっぽど不敬なんじゃ……まあ、いい。放っておこう。会長手作りのサンドイッチを早速いただくとしようか。いただきまーす。
サンドイッチは卵、ハム、レタスとシンプルなものだったが、絶妙な加減の調味料が、素材の味を最大限に引き立てていてとても美味しい。会長……女子の手作りというスパイスも相俟って最高だった。
「ふぅ……一気に食べちまった。すげえ旨かったぜ。ありがとうな、ご馳走さま」
「そ、そうか……口に合ったようで良かったよ」
会長は隣でずっと俺が食べるのを座りながら見ていた。隠していたつもりだったのだろうが、終始不安と緊張が入り交じった表情を浮かべ、どこか落ち着きのない様子だった。自分が作った物が俺の口に合うか心配だったのだろう……なんとも女の子っぽくて可愛らしかった。お粗末様、と言う彼女の笑顔は、微笑ながら安心感と嬉しさが含まれているのがよく分かるものだった。
昨日、木柴や狗田が言っていた事を思い出す。冷酷無比だとか、血涙無しだとか、独裁者だとか。散々生徒達に言われていたが、今話していて分かる。そんな気配は毛頭ない。目の前にいるのは普通の女子。この際だ……2人きりだし、ハッキリさせておくか。
「なあ、会長──」
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