第7話 どうしても欲しい

「俺は転校生だから、この学校の事よく分からんのだけど、生徒の間で広まってたアンタの噂って実際どうなんだ? 冷酷だとか、独裁者だとかさ」


 すると会長は、驚いたような素振りを見せるが、すぐに手の甲に顎を乗せ、ほくそ笑んで見せた。


「もし仮に、私が君の言うような人間だったらどうするんだ? その冷酷な独裁者は、今すぐ君をどうにかしてしまうかもしれないぞ?」


 会長は俺の真意を理解していた。俺も彼女も本気で言っていないということだ。優しく人望があり、聡明で美しく、徳があって冗談も通じる。やはり生徒達は、彼女の幻を勝手に作り出して怯えてただけなんだろう。初対面の俺が真実を知るってのもおかしな話だが。気軽に話せばこんな簡単に答えが見つかるというのに……灯台もと暗しとはこの事だ。

 会長は足を組み直し、腕を組んで憂うような表情を浮かべる。


「人心に疎い私でも、生徒たちとの間に壁があるのは把握している。現状、先輩である三年生にも敬語を使われてしまっているからね。

 私は為政者として様々な事はやってきた。校則の見直し、風紀の取り締まり、退学処分……学園の秩序の為とはいえ、恨まれる事をしてきただろう。その積み重ねが大きな壁となり、皆、私に近付かなくなった。しかし君は初対面だというのに私と対等に話してくれた。それを私は嬉しく思う。礼を言うよ」

「いや、礼を言われるほどじゃ……まあ、アンタも大変なんだな」


 そう言って会長は俺に笑みを見せる。なるほどね……この人もこの人なりに苦労してるって事だな。昨日まであった会長へのイメージを払拭して、一人の生徒として接した方が彼女も嬉しいんだろう。

 すると彼女は突然、自分の机の引き出しの中から何かを取り出し、俺に受けとるよう手を出す。銀色に輝く細長い手のひらサイズの剣のような物。なんだこれアクセサリー? 俺は受けとる前に彼女のこれは何かと問うてみる。


「生徒会城の鍵さ、そして生徒会の証でもある」

「え? これを、俺に?」

「単刀直入に言おう。生徒会に入らないか? 私は君のような、対等に意見を言い合える生徒をずっと身近に欲しいと思っていた」


 え、マジかよこの人。大物ほど行動力がすごいって聞くけど、まさかここまでとは。だが生憎、俺にそこまでの頭の回転と、分かりましたと即決する度胸は持ち合わせていない。生徒会……生徒会……? 俺が学校のエリートと呼ばれる生徒会に? しかも会長からの直接スカウト? 入る? いや無理じゃないか? 校務を担う程の器量を俺が持っている訳がない。しかし彼女は俺を欲している。それに俺以外の生徒と対等に話し合った事がないって事は、彼女友達は──

 誘ってくれた好意と彼女への同情、生徒会という重み……数秒の間、様々な事が頭を駆け巡った。表情、視線、はたまたしぐさで俺の動揺を感じ取ったのか、会長が生唾を飲む俺に助け船を出してくれた。


「なにも今この場で即断即決しなくてもいいさ。そうだな……今月中に決めてくれればいい。もし君にその気があったなら、その鍵で私の元へ来て……いや、それでは礼に欠くね。私が末に君の元へ向かおう。その時返事を聞かせてくれ。最も、私が是が非でも君が欲しいから、何度でも説得して見せるけどね」


 会長は不適にフフっと笑うと俺に鍵を握らせる。是が非でも欲しい……短時間で随分気に入られたようだ。


「はは…顔に見合わず強気なんだなあ。三顧の礼ってか? そこまで買われるような器量は持ち合わせていないと思うんだけどな……」

「フフ、目上の者が下の者の元へ赴く三國の故事か。だが三顧の礼はこの場合は違うな。諸葛孔明では無いが……私と君は対等でありたいのだ。何度でも言うぞ、私は君が欲しい」


 彼女は澄んだ瞳で俺を真っ直ぐに見つめる。俺がこれ程求められる事がかつてあっただろうか? 一見冷静かつ凄然な雰囲気を表に出しているが、本はかくも情熱的で、欲しいものには妥協しない。彼女の熱意とそのカリスマ性に、俺は徐々に惹かれつつあった。

 初対面だと言うのに、何故俺はここまで彼女の事をわかってしまうんだろう。それが不思議でならなかった。その後も会長とたわいもない話をして時間を過ごしていると──


 キーンコーンカーンコーン


 昼休み終了の予鈴が部屋に響く。結局、休み時間中ずっと会長と話し込んでいた。やはり不思議な魅力がある人だ。生徒会、か……彼女と共に作り上げる組織と秩序。漠然としたイメージしかないが、徐々に共に作り上げたいという気持ちがわき上がって来ていた。


「もう、時間か……名残惜しいね。しかし生徒会に入る人間として遅刻は許さないぞ」

「クク……もう入った気かよ」


 会長は俺の手を取り、入り口の方へ引っ張っていく。会長の小さな手は熱いと思えるほど温かかった。城の出入り口まで着くとようやく手を離し、背中をポンっと優しく叩いてくれた。


「またな佐藤、またいつでも訪ねてくれ。願わくば、次に会うときは我々の仲間となっている事を期待するよ」


 そう言うと会長は微笑を浮かべ、綺麗な髪をなびかせ城の方へと戻っていく。なんだかあっという間の時間だったな。生徒会か……急な話だったが、俺の心は傾きつつあるのは自分でも気が付いている。どうしたものか……。


「……まあ、月末まで考えてみっか」


 ボリボリと頭を掻き独り言を空に消す。遅刻しちゃマズイ。少し駆け足で教室へ戻ることにした。

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