乙女★ザ・クレイジー

@yushige753

プロローグ

第1話 私立光宙高等学校

「よし、そろそろ行くか」


 鳥がさえずる春の朝。教科書、書類、その他諸々必要な物をエナメルバッグに詰め込み、真新しい制服に着替え、鏡で髪をセットする俺の名前は佐藤佑樹さとうゆうき、華のセブンティーンだ。

 職場が近くなるという父親の都合で10kmくらい離れた場所に引っ越してきた俺は、超難関校である私立光宙高等学校へと入学することができた。え? なんて読むのかって? 俺の口からは言えないな。

 そして、何故か俺だけ試験が無かったんだが……父さん、どういう裏回ししたんだ? 試験も無しにエリート高校へ行って大丈夫なのか? 少しの不安を感じながら俺は家を出た。


「駅は……ああ、ここか」


 学校は自宅から電車で約10分の所にある。駅が学校の名前になっており、降りた後すぐに到着するので通学が楽だ。電車に揺られる事数分、車内アナウンスが鳴り、いよいよこれから通う光宙学校が見えてきた。

 駅を降り立つと、坂の上にある巨大な白い建造物が視界の大半を独占する。およそ学校とは言い難い要塞のような佇まいをしている。


「流石エリート私立高……スケールが違うな──ん? あれは……」


 桜の木が隙間無く並ぶ学校へ続く坂の前で、カバンを抱き坂を見上げる少女がいた。少し低い背に黒髪が瑞々しい可憐なその少女は、笑うでも無く愁うでもない、無の表情でただじっと坂を見上げるだけ。

 その姿はまるで坂上にある城を見据えるシンデレラのようだった……いや意味わかんないな。思わずクソみたいなサムい例えを思い浮かべてしまった。彼女は一体どうしたんだろうか? 制服を見る限り光宙生だし、初めてのものを見るわけでもないのに。とにかく少し声をかけてみよう。何事もきっかけが大事だからな。


「どうかしたんですか?」


 何気なく一緒になって横に立ち、軽くでもなく重い感じでもなく、困っているお年寄りに声をかけるが如く、優しい声音で少女に話しかける。すると少女は坂を見上げたまま、少し頬を綻ばせる。おお、横顔だが近くで見ると更に可愛いな。


「この坂と校舎を見てたんです。あんな大きな校舎を見てると、なんだかこれからお城に向かうシンデレラみたいになった気分で、ずっと見てられちゃうっていうか……え?」


 彼女は、俺の存在に今気付いたかのような、ハッとした顔をする。きっと彼女の中では独り言のつもりだったんだろう。自然に入ってきた俺が認識できなかっただけで。


「あ……いえっ、忘れて下さいっ」


 彼女は一瞬で顔を赤くすると恥ずかしそうに俯く。あまりの可愛さに少しニヤけてしまいそうになったので、慌てて自分の口を手で塞ぐ。しかしシンデレラか……なんて素敵な素晴らしい例えなんだ。素晴らしすぎて思わずエクスタシーをむかえそうになった。彼女は俯いたままチラリと俺の方を見ると、何かに気づいたようにハッと目を少し見開く。


「あれ? その校章とバッジ……同じクラスの? もしかして今日転校して来るって言う……」


 む。そうか校章と下のバッジでクラスも分かるんだったな。それに気付かずお互い敬語を使っていたのが可笑しくなってクスリと笑ってしまう。あちらも同じだったのか、彼女もクスッと笑うとお互い簡単な自己紹介をする。


「私は2Aの小田おだひなた。これからよろしくね。えーっと……」

「佐藤佑樹だ。宜しくな小田さん」


 俺は何気なく、そして自然にファーストコンタクトを果たした。クラスメイトの、しかも女子と挨拶を交わせた。ラッキーだぜ。なんだか気分がいい。


「おぉー! お前がまさか、今日来る転校生なのか!?」


 やたら響くデカい声が後ろから近付いてくる。振り向くと、目をキラキラと輝かせた男子生徒が、こちらに向かって走ってくる。


「お二人ともおはようさん! うはは、走ってきちまったぜ!」


 制服を着崩し、黒いパーカーを着た男が駆け寄ってくる。見るからに明るい雰囲気で、伸びた小麦色の髪が特徴的な男は、息を整えると俺達に向かって笑顔を向ける。校章とバッジは2A。どうやら彼も同じクラスの生徒のようだ。小田さんは馴染みのようで、彼を見ると小さくため息を漏らす。


「もう……猿。恥ずかしいから大声出しながらこっち来るのやめてよ」

「うはは! 気にすんなって!」


 小田さんが、自然と彼を霊長類の名前で呼ぶ。猿……? すごい名前だな……それともそういう仲なのか? 当の本人は、猿と呼ばれた事は気にせずに俺の方へと向き直る。


「それはそうと……お前転校生だろ? 今日からウチのクラスに来るっていう。宜しくな、名前なんてんだっけ?」

「ああ、佐藤佑樹だよ。宜しくな、えーっと……猿谷!」

「誰がプロゴルファーだよ! 勝手に命名しないでもらえます!?」


 猿丸は手を前に突き出し、鋭いツッコミを見せる。見事に漫才のボケとツッコミが成立してしまった。木柴は咳払い一つして、改めて俺に自己紹介する。


「俺は木柴猿弥きのしばえんや。覚えておけよな。ということで今後ともヨロシク!」

「結局猿じゃねえか……」


 俺と小田さんと木柴の三人は、坂を上がり校舎へと入って行く。

 まず目についたのは、上場企業の本社オフィスのような綺麗な内装だ。鏡面磨きされた床に、主張しすぎない情趣ある装飾類……ここを知らない人からすれば、まず高校には見えないだろう。私立校とはいえここまで違うものなのか……。

 ポカーンとした俺の反応が予想通りで嬉しかったのか、小田さんと木柴は顔を見合せ、にっと笑う。俺の方を向く二人の表情が、この学校はまだまだこんなものではないぞと語っていた。

 二人に案内され廊下を歩く俺は、見たこともない場所に興味を惹かれ、キョロキョロとするばかりであった。見るもの全てが新鮮な、この童心に返れるワクワク感。田舎から上京してきた若者の気持ちが今なら分かる気がする。

 前を歩いていた木柴が俺の方を向き、後ろ歩きをしながら俺に説明をする。


「この学校はよ。昔に廃校になった校舎を創立者である今の理事長が、2500億円を注ぎ込んで魔改造したもんなんだ。スゲー人だろ? 遊びも学びも充実させろって言って、ゲームセンターに温泉にバーに映画館、地下闘技場までなんでもござれだぜ。この学校に無いもんなんてねーのさ、流石だよなー!」

「そんな競技場みたいな予算ぶっこめばそうなるか……とんでもねえな」


 校舎は教室棟、娯楽棟、部活棟の3つの棟で別けられており、授業などでは教室棟を使用するらしい。生徒が普段出入りする校門も、教室棟へ繋がっている。教室棟の階段を上がり、廊下を突き当たりまで行った所で二人は立ち止まる。ここらは2年生の教室らしく、奥にある室名札には2Aと書かれている。どうやらここが俺達の教室のようだ。木柴は俺の肩を掴むとぐいぐいと扉の方へ押してくる。


「ようこそ2Aへ……そして光宙高校へ! ほら、入った入った!」


 この日から俺の第2の高校生活が始まった。この先に待ち受けるのは、長いであろう俺の人生の中、一番記憶に刻み込まれた物語だったなんて、この時はまだ考えもしなかった。

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