第11話 お茶姫のおな〜り〜

「佐藤チャ〜〜〜ン!!!」


 翌日の登校時間。朝、学校の坂を上っている最中、後ろから耳障りな猿の鳴き声が俺を呼ぶ。朝っぱらから恥ずかしげもなくなんだアイツ。ええい肩を組むな鬱陶しい。


「どうだ? そろそろ新聞部に入部する気になったか? なんなら放課後案内しても……」

「悪いな。今日は茶道部の見学なんだよ」

「な……また他部の見学かよ〜!? ちっくしょう、ずりーぞー!」

「何がだよ……新聞部も来週見学するって。それまで他に入部するとかないから安心しろ」

「絶対だぞ!? 心変わりして突然、他の部へ入りま〜す! とかやめろよな!?」


 焦りながら肩をぶんぶん揺さぶる木柴、それを軽く振り払い坂を再び上っていく。木柴も横に並んで一緒に上る。この鬱陶しい感じ、中学の不良の先輩を思い出すな。にしてもコイツ、本当になんでこんな新聞部に誘いたがるんだ? 勧誘の熱意が異常すぎる。まだ4月だし、俺ばっかじゃなく他のヤツ誘えばいいのに……。


「あ、そうだ、アイツ……ひなたも一応新聞部なんだぜ。ほらどうだよ! 席が近い仲良し3人組! 新たなドラマは生まれる予感がしねーか!? 楽しいぜきっと!」

「お前もう、勧誘の仕方が無茶苦茶になってきたぞ。なんだ仲良し3人組って。俺小田さんそんな知らねーよ。転校してきた当日以来話してねーし」

「頼む! 俺のほら──豆◯ばとお○犬のストラップあげるから!」

「いらねえよ。つかなんでお前の趣味って、いちいち古いんだよ」


 キーンコーンカーンコーン。木柴とダラダラと歩いていたら校舎から朝の予鈴が鳴る。辺りを見るともう誰もいない。俺と木柴は顔を見合せ、焦りたっぷりにその場から逃げるように走り出す。


「「遅刻だ〜〜〜〜!!!!」」


 ────

 ──


「ふぅ……」


 今日も1日の授業を無事に終える。少しこの学校にも慣れてきたな、つっても学校全体の半分も知らないんだが。さて最後の部活見学、茶道部に行くとしようか。まずどうやって行くかを調べないとなんだけど……俺が立ち上がった直後、前から狗田がやってくる。


「佐藤氏、これから茶道部の見学ですよね? 案内しますよ」

「え?」

「僕は茶道部なんですよ。理事長から案内せよとのお達しなので、その任を僕が引き受けたまでです。さ、時間も惜しい。早速部へ行きましょう」


 コイツ茶道部だったのか。意外だ。まあ案内してくれるならありがたい。お言葉に甘えてついて行かせていただこう。

 部活棟の東に位置する武道エリア。エリア一体が木造、石垣の古風な造りになっており、まるで京都に来たかのような雅な風景が広がっている。部員らしき人間が歩いているが、皆着物や胴着を着ているので、なんだかタイムスリップした感覚になり、自然と気分が上がる。


「へえ、いい場所だな。こういう小江戸っていうか、和を感じる光景メチャクチャ好きだぜ俺」


「理事長のこだわりですよ。佐藤氏も屋敷の中に入ったらまず着替えてもらいます。ここに制服は好ましくありません。教師だろうが来賓者だろうが生徒会の白制服だろうが、このエリアでは着物を着用するのが決まりですからね。ここの人間は風情を第一にするのです」

「なるほどね……」


 武道エリアの中心に位置する江戸の宿場町のような街道を5分ほど歩くと、道外れに立派な武家屋敷が建っている場所に辿り着く。木製の看板に達筆な字で茶道部と書いてあるので、どうやらここが茶道部の部室らしい。


「どうです? 立派でしょう。建築には、かつて太閤秀吉公の治世で栄えた大阪浪速……その史跡で発掘された茶室の一部を使用しているのです。引き締まる厳格な雰囲気が他とは違うでしょう? なにせホンモノですからね」


 父さん、こういうのはとことん拘るからなあ。へえ、戦国時代のね……歴史にゃそこまで興味がある訳じゃないが、400年昔の建物に入れるのはやっぱりワクワクする。


「そのお顔、佐藤氏もトキメく和の心をお持ちのようですね。確かクラスの自己紹介では剣道をしていたと?」

「まあな。剣持ってるのがカッコいいからって理由で、小学生に上がる前からやってるぜ。ま、祖父の影響もあるんだが」

「そうなんですね。道理で背筋が真っ直ぐなわけだ。ちなみに級や段はいくつなんですか?」

「ああ、それはまた最近取って──」

「ちょっと、これ落ちたわよ」


 なんだ? と振り替えると、黒髪の胴着姿の女子生徒が、狗田にイヤホンを差し出していた。帯を付けていない袴……剣道部のやつか。


「え? ああ、これは失礼。ありがとうございます」

「ん……」


 狗田はイヤホンを受け取りポケットに戻すと、軽く頭を下げる。女子生徒は薄く返事をすると、奥にいる女子達と合流しに、元の道へと歩いていく。やっぱ剣道部とか、そこらへんの武道も和風エリアに在中してんだな。


「彼女は剣道部部長2‐Bの松家まつか瀬那せな氏ですね。剣道二段の実力者です」

「ふーん、女子剣道部の部長ってことか?」

「いえ男女剣道部ですよ。強豪揃いの我が校ですが、些か剣道部だけは経験者不足らしく、男女合併してるんですよ。彼女は初めての女性部長であり、かつての強豪に戻そうと奮闘していると聞きました。流石、剣道二段という狭き門を突破した女傑ですね」

「弱小ってワケか」

「身も蓋もない言い方をすればそうですね……聞きそびれていたんですが、佐藤氏はいくつなんですか?」

「三段だ」


 狗田は足を止めて、驚きの声を上げる。


「三段!? 高校最高段位を取得していたんですか!? 高校2年で三段って最年少ではないですか。いやはや、まさかその細身で剛剣だとは。剣道部に入部できれば、さぞ活躍を……」

「んなこともういいよ、どうせ入れないんだし。それより早く茶道部行こうぜ」

「え、ええ……」


 瀬那、か……どこかで聞いたことがあるような……はて?

 門をくぐり、靴を脱いで縁側の廊下を歩いていくと、ほのかに香る木と柑橘系の甘い匂いが鼻腔を突き抜ける。やっぱりいいな、和の香り。心が自然と落ち着くってもんだ。こういう厳かな場所で日頃の喧騒を忘れ、静かにお茶を点てる日々も悪くないのかも……。

 奥へと進んでいき襖を開けると、何人かの着物を着た人達が正座をし談笑していた。ここが部室なんだろうか? 狗田が声をかけると、上座に座っていた大男がゆっくりと立ち上がり俺の元へ向かってくる。


「お、お前さんが理事長の言ってた佐藤か? よう来たな! 俺は顧問を務めてる津田や。ま、堅苦しいとこやけど今日は気楽にやったらええよ!」


 コッテコテの関西弁で、津田と名乗る教師がっはっはと豪快に笑う。それを追うようにして、後ろにいた人達が俺に深々とお辞儀をする。このイカつい男が茶を点てる様子は、どうやっても浮かばないが……顧問らしい。ゲーム部と違ってそこそこ人はいるんだな。にしても男ばっかでむさ苦しい部活だ……父さんはなんで紹介したんだ? 結婚させるんじゃなかったのか?


 まてよ? 父さんは彼女ではなく恋人を作れと言ったんだよな……嘘だろ。そういう事なの? 俺の高校生活が漢達の薔薇園ウホウホパラダイスになるのか? どうしようそっちの気無いんだけど。


「……ん? どうしました佐藤氏? 血の気を失った顔をしてますけど。とにかく着替えに行きましょう。作法や説明などはその後にお教えします」

「あ、ああ……」


 俺は将来のケツの心配をしながら、こっちですと言う狗田に付いていく。だがその心配はすぐに払拭される事になる。


「さあここです。僕は先に戻っているので着替えたら戻ってきて下さい。ああ、着付けの心配はしなくてもいいですよ。中にいる彼女が全てやってくれますから」


 そう言うと狗田はスタスタと去っていく。え、アイツ今なんて言った? 彼女って言わなかった? 女性に着替えさせてもらうとか嘘だよな……俺は恐る恐る襖を開け、中へと入っていく。


「あら、ようおいでたなもし」


 4畳ほどの小さな空間には、中世からやって来た姫様のような、桜色の着物と長い黒髪が輝く、可憐な少女が座っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る