第10話 ああ、父よ
「さて、聞かせてもらうぞ父さん」
「ハハハ、まるで取り調べだな」
俺は帰宅早々に父さんを問い詰める。聞きたい事は山ほどあるからな。父さんも聞かれる準備はしていたようで、余裕そうに笑って見せる。しかも聞かれる事も考えていたのか、俺が質問する前に父さんが口を開く。
「今まで理事長だと言わなかったのは別に言う必要がなかったからだ。他校だったし。だが佑樹が我が校に転校するとあらば話は別だからな。だから明かさせてもらったのさ。そしてお前を転校させた理由だが、これには2つの理由がある。1つは私の職場が近くなるから。そして2つ目、それはお前の一年の高校生活を見て危険だと判断したからだ」
父さんは俺をビシッと指差す。危険だーあ? 何が危険だってんだ。別に成績も悪くなく、いじめられてる訳でもぼっちでもなかった。そこそこ友達はいたからな。だが父さんは表情で読んだのか、俺の心の中の言い訳を見透かしていた。
「友人関係や生活態度の事を言っている訳ではない。あのままでは絶対できなかったものがある」
父さんは腕を組み直し、目を細めながら俺を見据える。
「それは……一生を添い遂げるような、恋人だ」
「は、はぁ? 恋人!?」
意味が分からない。急に何を言い出すんだ? 恋人がいないから転校させたってのか!? なんで父親に俺の恋愛事情に首突っ込まれなきゃならんのだ……。
「なんで父親に俺の恋愛事情に首突っ込まれなきゃならんのだと思っているだろうが、聞け。前の学校じゃ確かにお前は友達もいたし、ウチに連れてきた事もあったな。だが全員男だったろう? 野郎と遊んでばっかで、恋人が出来る気配が一向にしなかった」
「んなの勝手に決めんなって! 別にあと二年もあったんだから彼女くらい……」
「確かにな。まあお前は私に似て顔は良いし、成績良し、器量よしに育てたからモテはするだろうな。頑張れば恋人の一人くらいはできるかもしれん」
「さっきと言ってる事違うじゃねーか! 彼女が出来るかもしれないんなら転校させる必要なかっただろ!」
「私の言葉をよく聞いていなかったのか? 私は"彼女"ではなく、"一生を添い遂げるような恋人"と言ったんだぞ。卒業後も一緒にいるような信の置ける相手……つまり結婚相手だ!!!」
父さんは立ち上がり、天を指差しそれを俺に向ける。結婚……相手……? 何言ってんだこのヒゲ。高校生のうちに伴侶を見つけろってんのか!? 意味が分からない、理解が追い付かない。この人は俺をどうしたいんだ……。
「お前は私の跡を継いで理事長をやってもらうつもりだ。だがそうなると、出会いなんてものは皆無に等しい。だからこそ学生のウチに伴侶を作って欲しかった。だから私の教え子の学校に編入させた……だがそれが私の過ちだった」
俺将来は理事長継ぐのかよ……初耳だぞそれ。父さんは、指していた指をぷるぷると震わせ目をカッと見開く。
「するとどうだ!? あの学校は! 蓋を開ければ、全員同じような面をした生徒が、ボソボソと下らない無益な会話を繰り広げ乳繰り合う、掃き溜めみたいなファッキンハイスクールだった! あんな所に私の息子の伴侶となる人類がいる訳がなかったんだ! ああああああぁぁッッ〜〜!!!」
「ちょ……父さん落ち着い──」
「いいか佑樹!! 恋愛結婚での離婚率は40%以上! あんな場所で彼女を作ろうモノなら、間違いなく同じ道を辿るぞ、クソ! 何が結婚だ永遠の誓いだ! 人間が結婚式場で誓う約束ほど信用できないものはない!! 普段祈りもしないくせに愛だのなんだの、勝手に神に誓っておきながらこの体たらく! 都合の良い時だけ神にすがりやがって! 神は怒っているぞ! 今こそ神に代わって天罰を下すべき──やはり人類は滅ぶべきなんだ!!!」
「落ち着けよ! 途中から言ってることめちゃくちゃだぞ! なんで彼女が出来ないって話から人類滅亡に繋がるんだよ!? ネガティブ連想お化けか!」
父さんは興奮した口調で叫び、頭をかかえ床に膝を付く。しばらくしてフラフラと立ち上がり、血走らせた目を俺に向ける。この先父さんに口を開かせたらとんでもないことになりそうだ。俺は父さんを制しながら経緯をまとめる。
「えーっと……つまり、俺に学生のウチに結婚相手を見つけて欲しい父さんは、学校経営の教え子に期待して将来の妻を教え子の学校で出会わせようとしたけど、ロクなのがいなかったから、父さんが自ら経営する学校に俺を転校させたって訳か?」
「そうだ。流石佑樹、理解が早くて助かるぞ」
「うわぁ! いきなり落ち着くな! ……まあ、けど大体読めてきたぞ。でもんな事言ったらどこの学校でもそうなんじゃないか? フツー人間の性格まで分からないだろ」
「フフ、鋭いな。だが私の学校は他とは少し違うぞ」
父さんは自慢気に腕を組む。少し……? あんなテーマパークみたいな学園都市どの世界探してもねえよ。父さんはこれまた自慢気に話すが、その口から放たれたのはあまりにも衝撃な事実だった。
「私の学校は生徒教員問わず、全員が私自ら面接している。つまり私が認めた者しか、入学は出来ないのだ。自信を持って言おう。光宙の人間は全員がお前と結婚できる可能性を秘めている。これも生徒教員問わずな」
「な……!? 全員!?」
「まあ私も神ではない。不良もいるし、性格があまり良くない者も私の目を誤魔化して面接を突破している。だが本質は皆いいヤツなんだ。結婚とはお互いが支え合うもの……そう、最初は性格が悪くてもお前という支柱がいれば、徐々に心を溶かし実りあるいい恋愛に……」
「ちょっと待て親父! 全員って……学校の人間全員と結婚できる可能性って本気で言ってるのか!?」
「ああ、そう言ったろう? こんな時のために今いる在校生は、特にお前とウマが合いそうな人間を厳選したんだ。成績がピカイチでもお前と合わなそうな人間は容赦なく落としたぞ。あーっはっはっは!」
そう言うと父さんは豪快に笑う。教育熱心なんてもんじゃない……とんでもないモンスターファーザーだ。
「少しでも早く伴侶は見つけて欲しいからな。出会いのチャンスを広げようと生徒会や、私のお気に入りが所属している部活動に入れさせようと思ったが、既に生徒会や新聞部に興味を持ってるって聞いた時は、思わず笑ってしまったよ」
「ふぅ……全部父さんの予定通りって訳かい」
「ここまでの話だと過保護というか私の傀儡のように聞こえるかもしれないが、お前にとっても悪くない事だと思うがな。我が校の美しく優しく、聡明で器量良しな者たちとなら結婚したいと思うだろう?」
「いや……それは、そうかもだけどよ。なんかな……」
「良心の呵責か? 騙しているようで気が引けると? 安心しろ。お前が理事長である私の子なのは、全員が知ってるわけじゃないし、全員私の真意は知らない。つまり在学中に相手を見つけれるかどうかはお前次第だ。出来れば見つけて欲しいが、全ては佑樹が決める事だし、見つけれない場合や、見つける気が無い時は私も諦めるさ……どうする?」
どうする? と言う父さんの目はじっくりと俺を見据えている。普段はこちらの選択肢を削いで、有無を言わさないような姿勢をとるが、今回ばかりは俺に全てを委ねている。理事長として、父として俺に本気で問うているのだ。お前に覚悟はあるのか、と……が、父さんが何を言おうがどんな姿勢を取ろうが、俺の中の答えは決まっている。
「……俺は俺のやりたいようにする。恋人が出来ようが出来まいが、全て流れに身を任せるだけだよ。出会わなかったらそれだけの運命だってことだろ。ま、父さんの教育熱心さに答えて、少しは探してみるさ」
「そうか! 流石は私の息子だ! いやー本当は、こんなバカみたいな設立費用使ったのに嫌だと言われたら、お前をパプアニューギニアに送るところだったぞ」
「結局パプ高!?!?」
父さんは俺の肩を叩き微笑む。去り際、最後に俺は聞きたかった事を問いかける。
「まだ一つ聞いてなかったんだけどさ……学校改造費の2500億ってどっから持ってきたんだ?」
「仮想通貨さ! 適当に買って適当に売ったら元手が6000倍になって帰ってきたのだ!」
「あ、そう……」
すげえな仮想通貨。いやすげえの父さんか……父さんはサムズアップしながら晩飯行くぞ、と言って元気に去っていく。
やれやれ、大変な事になったな。結婚相手ね……そうホイホイと見つかる訳はないと思うがな。でも俺も結婚願望が無いと言えば嘘になる。運命の出会いなんていつ来るか分かったもんじゃない、高校を卒業したらもう来ない可能性だってある。だからチャンスが来たら全力で掴んでみせる。せっかく機会を作ってくれた訳だからな、やれるだけやってみるか。自分では気付かないが、俺の目は今まで一番決意に満ちていた。
明日は茶道部の見学か……体は動かさない部活とはいえ、今日みたく体力を多く使う場合もある。早めに床に付くとしよう。
「その前に飯だ飯!」
俺は空きっ腹をかかえダイニングへと向かうのだった。
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