第9話 ゲームは試験?

「はぁ……」


 放課後のHRが終わった直後、俺はため息を漏らす。改めて、父親が理事長だという事実に頭を痛くしていた。2500億を投じて学校を改造した張本人、か。どこから金もってきたんだよ……とりあえず、言われた通りゲーム部の見学に行くか。と、思ったけど後ろの猿が一緒に帰りたそうにこちらを見ている。


「佐藤〜! 一緒に帰ろうぜー!」

「一緒に帰って友達に噂とかされると、恥ずかしいし……」

「なんの噂!? 男二人が帰ってなんの噂がたつんだよ!? 某ヒロインかっ、共通点ないだろお前!」

「あるよ。ほら、理想が高い」

「知らねーよっ!!」


 他の部活動の見学に行くから行けないと断ると、木柴は渋々引き下がる。なんで毎回俺と過ごそうとするんだアイツ。まあいいや、とにかくゲーム部とやらの部室へ急ごう。

 部活棟の隅の隅、普段通る時は気付かないような小さな青い扉。扉の横に小さく"ゲーム部"と手書きの文字が、ここが部室だという証になっている。分かりにくすぎるだろ……たまたま札見つけたからよかったけど。


「さて、鬼が出るか蛇が出るか……」


 俺は扉をノックし、部室の扉を開ける。中は暗くてよく分からなかったが、奥からドタドタ! と走る音が聞こえてきて──


「帰れええええェェェッッーー!!!」

「げげごぼおううぇーー!!!」


 出てきたのは鬼でも蛇でもなく足裏だった。顔面にドロップキックというえげつねえ技は、油断していた俺に避けられるはずもなく、顔面モロにクリーンヒットした。ヒットする直前に、あ、やべ。という声が漏れていたけど、どいつもこいつもなんで出会い頭に人を攻撃するんだ。暗殺者学校だったか? ここ。まあ生徒会長が中忍試験受けてるしな……。

 辛うじて意識は保っていたが、衝撃故に立つことは不可能。うーんと唸っていたら、足を掴まれずるずると部屋に引きずり込まれた。罠にかかった獣か俺は……。


「いやぁ、誤チェストにごわす。申し訳ないッ、てっきり新聞の勧誘かと思って」

「勧誘なら蹴っていいのかよ……ていうか、来ないだろ普通……」


 マンションのリビングのような、生活感のある部屋へと引きずり込まれた俺は、顔を蹴った本人に手当てをしてもらっている。蹴られる一瞬に見えた、迫りくる白虎しましまパンツで分かったが、女子生徒のようだ。黄金色の髪を熊耳のように上げたダブルお団子スタイルで、見るからに明るいそのハーフ顔の少女。小柄かつ小田さん以上の童顔なので、小学生にも見えてしまう。校章には1-Aと書かれており、どうやら年下の後輩の模様。ゲーム部の部室にいたって事はこの子が部員なのか? 治療を終えた少女は座りながら改めて俺に向き直る。


「リジチョーが言ってた見学者の人っすね? 申し遅れました、アタシは甲斐田かいた信音しおん! 今日はアタシが色々教えるんで、宜しくお願いしまっす!」


 甲斐田の名乗る少女は挙手しながら、元気よく挨拶をする。部活の案内に一年女子だなんて、部長や副部長は忙しいのか? 出会い頭に顔面蹴りをかます、気性の荒いお団子に案内されるの怖いんだが。しかし辺りを見ても部長どころか、ひとっこひとりいない。皆休んでるのだろうか? キョロキョロする俺を察したのか彼女が恥ずかしそうに答える。


「部員はいないっすよ。アタシ一人の部活なんで」

「え……マジ? 君しかいないの? ゲーム部」

「今年作ったできたてほやほやっすからね。場所が分かりにくいから諦めちゃう人とかいたし、何人かは辿り着いて入部届け出しに来てくれた人はいたんすけど、アタシが毎回新聞勧誘と勘違いして蹴り潰すんで、皆帰っちゃうんです。ちなみにあなただけっすよ、手当てしてこの部屋から逃げないのは。試験合格ですね、おめでとっす!」

「あれ? ここハンター試験会場だったの? 何期か知らないけどライセンスくれんのか? 即売るけど」


 彼女はこっちっすと言って部室の奥へ案内する。何度見てもワンルームマンションにしか見えない内装だ。至るところにコード類やゲームのケース、菓子の袋が散乱してるのがいかにもだな。

 ケースを見るにアクションRPG、OWオープンワールドアドベンチャー、MMORPG……どれもeスポーツでやるようなゲームではない。


「なあ、まさかここ、ただホントにゲームやるだけの部活なのか?」

「そっすよ? ダラダラとゲームするってのが部のモットーっすから。あ、そっちの部屋は入らないで下さい」

「ああ、そう……」


 なんて自由奔放な部活なんだ……家でやればいいのではと聞くと、部費で最新CS機やソフトが遊び放題だから作ったとのこと。欲に素直すぎて尊敬するな。


「活動内容としては、皆でお菓子食べながら楽しくゲームをするっていうのを掲げてマス。遅いときには21時とかまで残る時があるっすね〜。ま、誰もいないんでアタシ一人でなんですけど。でも……先輩がもし入ってくれるっていうんなら、やってみたいゲームがあるんですよ」

「なんだG.Iか? いやー、プレイ中に死の危機があるゲームやりたくないんだけどなー。しかも俺、念覚えてないし」

「先輩ハンハン大好きっすね。プレイ中死ぬことはないし、値段58億もしないから安心して下さいっす。普通のオンラインゲームですよ」


 そう言うと彼女はごそごそと段ボール箱からケースを取り出して俺に手渡す。


「なんだこれ? えーっとテイルズオーバーキングダムインオンラインXI……? いや名前なっが、詰め込みすぎだろ! しかもこれ無駄に11作も続いてるのかよ。こんなゲーム知らんぞ……」

「あ、いや。それは開発者がただFFXIが好きだから付けたってだけで、続編とかじゃないですよ。それが初代っす」

「んな理由でXIって付けんな!!」


 ケースを見てると、光と闇のエフェクトが目立つ剣と盾を持った男と、そしてその周りを囲う、様々な職業の人物達が賑やかなイラストが描かれていた。ジャンルはアクションMMORPG、普通のファンタジーなオンラインゲームっぽいな。発売会社は宙舟プロジェクト……うーん、アブねえ。

 ゲーム名と開発元の危険度はともかく、パッケージの美麗イラストデザインや、裏面の興味を惹くゲーム説明、キャッチコピーなどどれも高クオリティだ。一目で面白そうと判断できてしまう。気分が気分ならジャケ買いしてもおかしくなさそうだ。


「へえ、面白そうだな」


 俺がそう言うと彼女は口角をニヤァっと上げ嬉しそうな表情を見せる。


「でへへへ〜そっすよね〜! このゲームチョー面白いっすから! 大人数でボスエネミーとかエンドコンテンツとか行くのめっちゃ楽しいっすよ〜! 普通のアクションに加えてカードを使った戦略も必要な難しいゲームですけど、慣れると無限の攻略法を生み出し、それらを駆使してプレイできるんで脳汁でまくりですよ!」

「へえ、カードを使って……おいおい、やっぱG.Iじゃないか! ゲームはバインダーの指定ポケットカードを100種揃えるのがクリア方法なのか? 難しそうだな〜、一坪の海岸線とか俺絶対手に入れられないと思うんだけど。ドッジボールの練習しなきゃ」

「まだ続くっすかハンハン。休載期間が長すぎて日常にネタを入れないと、禁断症状が爆発して死んじゃうタイプの人間ですか? 先輩って」

「爆発か……確かに爆弾魔ボマーには注意しないとな。俺念能力ないし対抗手段がないから、スペルを上手く使って対処しないと」

「あーやぶ蛇った……」


 その後、彼女が一通り部の説明をし終えた後は時間を忘れてゲームを楽しんだ。こういう感じ久しぶりだな、友人とゲームするなんて中学以来やってなかったし。しかも女子となんて始めてだぞ。そうか……俺は今女子と二人きりの部屋でゲームしてるのか。そう考えると急に彼女を異性として認識して鼓動を少し早めてしまう。


「先輩〜、放課後けっこー過ぎたし、今日はここらへんで解散しますかあ?」

「え……あ、ああ。そ、か」


 彼女はコントローラーを持ったまま伸びをして俺に向き直る。そうか、もう18時なのか。安心とほんの少しの残念さが俺の顔の熱を冷ます。しかし彼女ゲーム上手かったな。プレイスキルという意味でもそうだが、一緒にやってて楽しかったのだ。ゲームのチョイスもピッタリだったので、時間と現実を完全に忘れていた。その分終わりだと言った時の夢から覚めたような、なんとも言えない名残惜しさが一層強かった。説明らしい説明はなかったが、多分こうやってゲームを一緒にやっていく部活なんだろうな……。


「じゃ、途中まで一緒に帰りましょ。部屋はこのままでいっすから」

「ん、ああ。そうするか」


 夕日も落ちかけた薄暗い坂道を二人で降りていく。今日やったゲームの話を彼女としながら俺は迷っていた。新聞部もゲーム部もめちゃくちゃ面白そうだからだ……くっそ〜文化系の部活舐めてたぜ。すげえ面白そうじゃないか。二股かけれないのが口惜しいなあ。明日は茶道部の見学に行くし、来週は新聞部の見学だし……こりゃ迷いそうだよ。そうして唸っている間に、二人の帰路が別れた。


「あ、アタシはこっちっす。ここでお別れっすね」

「だ、な。ありがとよ、今日は楽しかったぜ」

「アタシも先輩とやるゲーム楽しかったです。一人の時よりもずっと。無理強いはできないっすけど、少しでも先輩が興味持ってくれてれば入部してほしいです。アタシ待ってますよ!」


 そう言うと彼女はニコリと笑顔を見せ、反対方向へ去っていく。


「ずりぃ……」


 思わず声を漏らしてしまう。小悪魔め、最後あんな事言われたらますます揺らぐじゃないか……悪手だなあ、そりゃ悪手だろ蟻んコ。


「さて、帰ってハンハン全巻読み直すか」


 俺は大地を踏みしめて、颯爽と帰宅した。

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