第12話 運命の岐路

「はい、出来ましたよ〜。やっぱり男の人は着物が似合いますね〜」


 彼女は掌を合わせ笑顔を見せる。なんてハラハラする時間だったんだ……異性に着替えさせてもらうなんて経験、母親以来だぞ。肌着を着た状態でよかった、もしパンイチの素肌だったら……生理現象を止められる気がしない。


「あ、ありがとうございます……」

「かまんかまん。粗相ないように丁重にもてなせと、津田さんから言われてますからね〜。それに、同い年ですから敬語なんて使わなくていいんよ〜」

「あ、そうだったんだ……じゃあ改めて、俺は佐藤佑樹。今日は宜しくね」

「あなや……私ったら失念してました。私は2-Bクラスのつる言います。よろしくお願いしますね〜。気軽に鶴姫ちゃんって呼んで下さいね〜」


 つる……ひめちゃん? 名前が古風すぎないか? 不思議な子だ……名前もそうだけど、見た目もかなり時代錯誤している。椿を模した髪飾りに、長い黒艶髪を昔のお姫様みたいに揃えている。姫カットとか、びん削ぎって言うんだっけか。とにかく大河ドラマでしか見たことないような見た目をしているのだ。独特な訛りと立ち振舞いからも、姫を彷彿とさせる。多少驚きはしたが、それ以上に俺は女の子がいたという事に安堵していた。


「佐藤氏、扉越しに失礼しますよ」


 音もなく突然、障子から人影が姿を表す。なんだ狗田か……こういうの時代劇で見たな。おたのしみをしている最中に言伝ことづてを聞く殿様の気分だ、丁度姫様みたいな子もいるし……おたのしみってなんだよ!


「津田顧問からの伝言です。着替えたらそのまま戻らず、今日は彼女に色々と教えてもらえとの由。鶴姫氏、聞こえてますね? 佐藤氏に茶道のあれこれを教えてあげて下さい。宜しく頼みますよ」


 狗田はそれだけ言うと障子の影から消えた。マジかよ。彼女と二人っきりで茶道か。ゲーム部と同じで、またもや女子と二人っきりになってしまった。父さんのことといい、つくづく俺は恋愛運が高い気がするぞ。まるでラブコメの主人公だな。彼女はポカンとしていたが、すぐにハッとして手を合わせ笑顔を見せる。


「ほたら、早速お茶でもいれましょうか~。今日はよろしくお願いしますね~」

「あ、こちらこそよろしくお願いします」


 なんてきれいな立ち振る舞いだ……彼女があまりにも深々とお辞儀をするので、自分もつられて丁寧にお辞儀をしてしまう。


「まずは軽く茶道についてお話しますね〜。作法は表千家、裏千家、武者小路千家の3つが主流で、これらは合わせて三千家と言われてるんです〜。三家共、初祖は千宗易……皆さんの間では千利休の名前で有名やね。三家は似てるようで、ちょぴっと違います。堅苦しいイメージがあるかと思うけど、気楽にやったらええんよ〜。ほたらお菓子持ってきますね〜」


 来たか……茶菓子。主菓子、懐紙など言葉は知ってるが、作法なんてからっきしだ。適当にやっては失礼だろうし、スキル学ぶ一貫として、ここはキリッと真面目にいきますか。フフン、茶道を嗜む男子ってモテるんだぜ。


「お待たせしました〜お菓子持ってきましたよ〜」


 彼女は両手いっぱいにポテトチップスの袋を抱えていた。


「えええええぇぇぇ!? スナック菓子なのぉ!?」


 風流もクソもない現代スナック菓子の登場に、思わず素っ頓狂な叫び声を上げてしまう。俺は慌てて首を横に振る。


「まてまて! 普通こういうのって和菓子とか持ってこない!? これでどうやって茶道学ぶんだよ!?」

「ボリボリ……あ、どうぞどうぞ〜。美味しいですよ〜」


 大混乱する俺を尻目に、彼女は袋菓子を片っ端から開けボリボリと貪る。さっきのそれっぽい説明は何だったんだよ! 淑やかな大和撫子はどこへやら。ひたすらポテチを食い漁る堕落女子へと変貌していく。く……この学校に普通の女子はいないのか!?


「あ、飲み物もあります〜。果汁100%から人工甘味料のまで、なんでもありますよ〜」

「お茶は!?」


 佑樹がお茶姫に翻弄されている頃、部室で狗田と顧問の津田が、茶を点てながら話をしていた。


「おう狗田。どや、二人っきりにさせたか?」

「ええ、滞りなく。今頃鶴さんのトンデモ茶道にツッコミをしている所でしょう」

「うまい事、くっついてくれるとええんけどなぁ……まあ、まずは入部せな話は始まらんか。その時は恋のドキドキ★キューピー大作戦や! ギシシ!」

「津田さん。それを言うならキューピットです。マヨネーズ出してどうするんですか……」


 ────

 ──


「ふぅ……色々と疲れた」


 俺は帰宅するなり、そう漏らす。結局ジュースと菓子食ってばかりで、茶道なんて一ミリも出来なかった。一体どういうことだってばよ……。


「その様子だと、彼女に煮え湯を飲まされたみたいだな」


 俺のぐったりとした様子に、先に帰っていた父さんは半笑いする。分かってて送ってたのかよ確信犯めが……俺は父を問いただす事にした。


「ハッハッハ! まあ待て。まずはゲーム部と茶道部。見学し終えてどう思ったか聞こうか。どちらも父さんが一目置いてる女子がいるから、素直な感想が聞きたいな〜」

「ゲーム部はまあ、一人だけしかいなかったけど楽しかったよ。彼女ゲーム上手いし、一緒にやってて楽しかったしな。けど問題は茶道部だろ……茶道らしい事何一つやんないで終わったんだぞ!」

「ああ、別に父さんは茶道に一目置いてるわけじゃないから茶道はどうでもいいぞ。大事なのは彼女なんだ」

「さらっと茶道に喧嘩売るんじゃねえよ」

「そうだな……彼女は……」


 父さんはそこで言葉を濁し、俺の目を見て、すぐに首を横に振った。


「いや……今はまだその時じゃないな……」

「……?」

「佑樹。部活や生徒会に入れとはいったが、今後どうするかはお前次第だ。未知の新聞部へ入るもよし、花形の生徒会に集中するもよし、ゲーム部に入るのも茶道部へ入るのも、全部お前が決める事だ。そしてあわよくば、婚約者をゲットするんだ!!」


 父さんは興奮した口調で俺を指差す。前にも言ったが、俺は俺のしたいようにするだけだ。婚約者を作れなんて急に言われても、よし作るぞ! とはならない。けど、婚約者とまではいかなくても彼女は確かに欲しい。うむ、まずはガールフレンド……を前提に女友達を作ることから始めよう。


「……何か自分の中での考えはあるようだな。よし、父さんはもう何も言わん。後はお前がやってみろ。もちろん困った事や聞きたい事があれば、いつでも父さんを頼ってくれ。理事長として父親として、サポート出来ることは全てやろう」


 そう言うと父さんは俺の背中を叩き、ダイニングへと向かっていく。ほーんと、掴めない人だよな……幾人もの人生を狂わせてでも、俺の将来の為に投資したり行動したかと思えば、俺の好きにやらせろと言っても止めないんだからな。今までの苦労がパーになるかもしれんのに……きっと、婚約者が見つからなくても父さんは俺を責めないだろう。気まぐれな人だよ全く。理事長なのを隠していたから気まぐれで嘘つきだな。絶対変化系だ。

 夕食を食べ、風呂に入って寝床につく。俺の学校生活、これからどうなっていくんだろうな。色々考えてたら眠くなってきた。もう寝よう……明日もあるからな。おやすみ……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る