第37話 あれ? 馴染んでる!!?

 返り血を浴びた篝の姿──それが目に飛び込んできた瞬間、俺を襲ったのは


 [俺モ、戦闘ワセロ……ッ!!!!]


 俺の体…いや、魂の奥底から叫ぶような感覚……戦闘いを渇望する、血に飢えた紅牙が俺の中で吼える──!


 今の俺には抑え着けることが出来ないほど、次第に強くなる激情。

 視界から全ての色がモノクロに…いや、血の紅だけが鮮明に目に入って、視界だけでなく脳のその奥まで紅に染まっていくようで──息をすることすら辛くなってくる!!?


「…おや、やはり反応したね」


「幻夜、早く結界を強めて!」


 意識をもっていかれるような感覚の中で、幻夜と彼方の声が遠退くように聞こえた。


「宗一郎、抑えて!!」


 彼方の言葉は耳に入るが、もう自分の意志ではどうしようもない。


「……さすがに、今回はまずいかな」


 幻夜は仕方なさそうにそう言って結界を強めるのと同時に、懐から何かを取り出し、俺の右手首にそれをはめた…?


「──…な…んだコレ?」


 金色の環……? 腕輪バングル??


「前回の一件もあったからね……一応用意しておいたんだよ。妖力制御の効果がある腕輪だよ」


 自分の意志ではないのだから強制的に抑えるしかない。

 そう溜め息混じりに言う幻夜の言葉どおり、俺から溢れ出し始めていた青白い光…妖力が急速に収まっていく──!?


 ただ、俺の体を駆け巡るような闘争本能はそう簡単には収まらない…!


「あくまで妖力制御だからね…妖力しか抑えられない。あとは自分で抑えるんだな」


「ここは我慢して、宗一郎」


 幻夜も彼方もそう言うが……結構自分では頑張って抑えてるつもりなんだけど?


「明らかに“血”に反応しているようだな。……まぁ、分からないでもないが」


 そうどこか呆れたように幻夜が言った。


 俺も薄々そう思ってはいたのだが……やはりそうなのだろうか?

 別に今まではそんなことなかったんだが、確かにこいつらと行動するようになってから──というか、あの妖気解放のあたりから明らかに自分の中で何かが変わっている気がした。


 血が…その鮮やかな紅が……その鉄臭い匂いが俺を誘う。

 戦闘への欲求が魂の奥底から沸き上がる。


 ──理由?


 そんなの分からない。分かりたくもない。

 だが、確かなのは……これが“紅牙の意志”だろうということ。


 いや、そうであってほしい…!!

 血を見たと同時に感じるこの感覚は、人間ヒトとしては許されない。そんなことは分かっていた。


 戦闘への欲求も、血や殺戮への渇望も許されない。

 頭では分かっているのに、抑えきれない……あまりにも本能的な欲求だった。


 ──それでも、幻夜にはめられた妖力制御腕輪のおかげか……俺から出ている妖気が抑えられ、高揚した感覚も徐々に収まってきた。


「…もう大丈夫そうだな」


 幻夜の溜め息混じりの言葉に、俺は改めて腕輪を確認する……。

 見た目は金色で…普通の金属製のシンプルなバングルで、特に石が着いているわけでもない。


 観察する様子の俺に気づいた幻夜は小さく笑うと、


「……あぁ、裏側に呪印があるだけだし、目立たなくて良いだろう?」


「裏側に…?」


 見づらいけど……象形文字のようなものが彫り込まれるのがチラリと確認できた。


 まぁ、見た目からは妖力制御の腕輪なんてものには見えないがその効果は確認済み。

 幅もそれほどないので普段してても、あまり目立たない…から常時着用か。


 と、そんなやり取りをしている中。


「格好ばっかりつけやがって! オレのフォローがあったから殺れたくせに」


「うるさいよ、そんなことない。天音がいなくても一人で殺れたもんっ!」


「はぁ~ん? そうですかぁ~?」


 浅葱を倒した二人がこちらに戻ってきた……喧嘩しながら。


「何その言い方!? 何ならこの場で天音を殺ってもいいんだよ?」


「いいぜ? そろそろ決着つけてやろうか?」


 二人の睨み合い…そして今にも始まりそうな取っ組み合いの殴りあい……いや、殺し合い!??


 その様子に呆れるような溜め息をつきつつ、


「はいはい、そのくらいにしておけ。本当に面倒だな、お前たちは……」


 幻夜が二人を引き離した。


「「一緒にするな!」」


「一緒だろうが。少なくとも今は斬込み好き似た者同士仲良くしていろ」


 声まで揃えて全力で否定する二人だったが、幻夜から冷たい視線を向けられ……仕方なさそうに黙った。


 確かに篝も天音も戦闘に対しては似た者同士…このメンバーでは血の気が多い。

 幻夜の言うとおり、率先して戦闘うタイプだ。

 精神的にも近いかもしれない……よく(くだらない)喧嘩してるし。


 そんな二人…いや、三人のやりとりを見ていると、小さく笑みをうかべている自分に気づいた。

 横にいる彼方も楽しそうにその様子を見守っている……。


 あぁ、これが……きっとこいつらの、の“日常”なんだ。


 そう感じた。と、その時だった。


「あぁ……やっぱり口ばっかりの男はダメね」


 急に背後から聞こえた……聞き覚えのある色気が漂うその声に慌てて振り返った。

 ……鼻をくすぐる妖艶な甘い香り。

 全員の視線の先…その場に立っていたのは──やはり、あの綺紗。


 やや警戒気味な雰囲気が流れる中、幻夜はその口元に小さく笑みをうかべると、


「──先日はどうも。今は…“敵”ってことでいいのかな?」


 まるで、綺紗が現れるのを待っていたかのような口振りだったが、綺紗は相変わらず余裕の笑みをたたえていた。


「ふふっ…やっぱり気づいてたのね、幻夜」


「今日は見逃さないよ?」


 幻夜の眼鏡越しの瞳には冷たい殺意が込められているようにも見え……緊迫した空気が辺りを包む。

 だが、綺紗は相変わらず妖艶な笑みでそれをあしらうように、


「……だからアンタは嫌いなのよ」


「僕も貴女が気に食わないのは知っているだろう?」


 二人の口調は穏やかでも、緊迫した状態なのには変わりない。

 なのに、綺紗は余裕な笑みのまま…。


「わざわざ出てきて……綺紗、何が目的だ?」


 厳しい口調で問う天音の言葉にも、まるで悪びれる様子はない。


「あら、昔馴染みの顔を見に出てきちゃダメかしら?」


 含みのある笑みで答えると、艶めかしい視線をゆっくりと篝へ移し、


「……それに、言ったでしょ? 上層部が本腰を入れ始めた、って。篝…アンタの抹殺令が出ててもおかしくはないでしょ?」


「まぁね。でも綺紗ちゃんの目的はボクじゃなかったんでしょ──?」


 篝がやや呆れたように言うと、綺紗はクスクスと小さく笑いながらソレを肯定した。


「ええ、私は浅葱を始末したかっただけ。これ以上、用はないわ」


「……」


 あっさりと白状する綺紗に、幻夜たちは言葉を一瞬失っていたが、


「なるほどね…。じゃあ、この前ボクらの前に現れたのは居場所と行く先の確認だったわけ?」


 篝の言葉にも笑顔を崩すことなく、


「アンタたちはきっとに来る、私は浅葱カレ居場所ソレを教えてあげただけ」


 元々浅葱は篝を敵視していた、それを利用した。

 ただ、篝と浅葱の実力差は明確……。


 そういうことなのだろう。

 そう、浅葱を始末するのが真の目的だと自ら言ったとおり。


「いろいろあるのよ。──まぁ、アンタたちが相変わらずってのも見れたことだし…楽しめたわ。じゃ、またね?」


 そう言って長い髪をかきあげながら、くるりと後ろを向くとそのままスウッと消えていった…。


 その気配が完全に消え……辺りに訪れた沈黙を破るように、篝は小さく溜め息をつくと、


「……とりあえずは、みんな無事で良かったんじゃない?」


 そう言って苦笑混じりの笑顔をみせたのだった──。

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