第5話 信じるモノは救われる!!?

 ──なんだか

 今日は人生で一番疲れた一日だった……。


 俺はベッドに入り、薄暗い天井を見上げたまま、盛りだくさんだった一日を振り返っていた。


 はぁぁぁ……


 ……もう、溜め息しかでない。


 ふと、自分の左手を確かめるように見つめる……が、そこにあるのはいつもの俺の手。


 なのに、どうやらこの左手には妖怪が…イヅナの白叡が入っている(らしい)。

 彼方はしばらく貸すって言ってたけど……“しばらく”っていつまでだ??


『──お前が自分一人で何とかできるようになるまでか、覚醒するまでだろうな』


 不意に頭に直接響いた白叡の無情な言葉──。


 そう言われてもなぁ……

 

 どっちもすぐには無理…というか、ずっと無理そうに思えるぞ?


 ……ん?


 そういえば、白叡は彼方の“使い”のはず。

 彼方は俺にこいつを貸してくれたけど……平気なのかな?


 そんな素朴な疑問に、再び白叡の声が聞こえた。


『──アイツがお前を守れと言ったから、オレ様がここにいるんだ』


 ──つまり、命令だからか。


『…オレ様のあるじはあくまでも彼方だからな……』


 ……舌打ちが聞こえてきそうな程のあからさまに嫌そうな声音。


 まぁ、その“主”が言うんだから、白叡が俺のとこにいても問題はないということかな?


『──…そういうことだ』


 今までの感じとか、この苛立ち混じりな答えから察するに、彼方と白叡の中に不穏な色が見えた気もするが……まぁ、いい。

 俺は別の話題をふることにした。


「……それよりさ、白叡」


『……なんだ?』


 面倒そうな返事にめげず、俺は続ける。


「訊いてもいいか?」


『──答えられる範囲ならな』


 ……あぁ、そう。


 さらに面倒そうな白叡に、俺は様子を伺いながら質問することにした。


「じゃあさ、白叡は紅牙に会ったことあるのか?」


『……』


 ……なんだ? いきなり範囲外の質問だった??


 だが、一瞬の間をおいて


『ある』


 その一言だけ返ってきた。


「なら、紅牙ってどんな……」


『それは答えられない』


 そうピシャリと俺の質問は遮断された。

 思わず聞き返そうとした俺に、白叡は仕方ないというように……


『……それは、彼方から口止めされている』


 え? 彼方に……??


 彼方は俺に紅牙としての記憶を思い出すよう言ったはず……!

 なら──…ッ


『自分で思い出さなきゃ意味がない、とさ』


 うぅ……

 それはそうかもしれないけど……


『まぁ、いきなり全てを思い出せというのも酷だろう? ……それは彼方も分かっているさ。焦ったところで解決せんしな』


 ──まぁ、な。


 でも、このままだとまたいつ襲われるかわからない。

 確かに白叡は助けてくれるけど……


『第一…まだお前は信じてない……いや、認めてないだろう?』


 ……そうだな。

 認めていないし、認めたくはない。


 こんなことに巻き込まれることも、妖怪が実在するなんてことも……自分が人間ではなく、その妖怪だということも。


『──まずは認めることだな。それが今お前に出来る全てだ』


 ……確かにそうなのかもしれない。


 今の俺は自分が紅牙であるということも、紅牙ではないということも分からない。


 ──ただ目の前に“現実”を突きつけられているだけで。


『アイツも言ってただろう? 事実は変わらない、と』


 確かに彼方はそう言ってた。


 ──なら、それを楽しめ、と。


 今の俺には前向きすぎる言葉。


 これは、事実は事実として受け止めて、初めて言えることだから。


 分かってはいても戸惑う俺に、


『…彼方もそうだと思うぞ……?』


 それは、白叡の小さな呟き。


 ……あぁ、そうかもしれない。


 記憶のない俺に戸惑いもあったはず……

 それでも彼方は、俺を“紅牙”としてより“宗一郎”としてみくれていた……?


『……まぁ、アイツがそこまで深く考えてるかは分からんがな』


 オイオイオイ……!


 確かに彼方は天然ぽいかんじだったけど……

 ちょっとしんみりした俺の気持ちをどうしてくれるんだ!?


 ていうか、なんで俺の考えは筒抜けなのに飼い主(?)の考えは読めないんだよ!!


 そんな俺のツッコミに、白叡は当たり前といわんばかりに、


『お前の考えなんてすぐ分かる。……アイツはオレ様に聞かれないようにして……いや、何も考えてはないのかもしれん』


 ……それは、仮にも主に言うことではないだろ。


 軽く脱力しかけた俺に白叡は改めて……


『だが、アイツは決して嘘は言わない。──それだけは言える』


 ……


 白叡の声音に偽りはなかった。


 この白叡がそこまで言うなら、信じていいのかな……?


 ──でも、俺もそんな気がするよ。


 彼方と会ったのも話したのも今日が初めてだし、すごく短い時間だけど……何故か、そう思えた。


 これは……確信?


『そりゃあ、そうだろう……お前は知っているはずだからな』


 ……え?

 それは、つまり──…


 つまり。

 俺…いや、紅牙は彼方と友だちだから……彼方のことをよく知っているはず、ということか?


『──お前が覚えていないだけさ』


 そう言われると、なんだか本当に申し訳ない気になってくるんだけど……。


 改めて自分を責め始めた俺に向かい、


『別に気にしなくてもいいだろ。少なくともアイツは気にしてないし』


 そう…なのかな??


『……気にする位なら早く事実を認めて、思い出す努力でもするんだな』


 う……っ

 白叡の言葉は、ごもっともだと思うよ?

 でも、努力と言われてもねぇ……??


 そうは言っても、一番ヒントになりそうな“紅牙”に関しての質問は却下されるんだから、白叡からのヒントは絶望的か……


 ん?

 いや、待てよ?


 ……俺は彼方に会った時を思い返してみることにした。


 確か、“彼方“って名前を聞いた時──

 何故か懐かしい感じがしたような……?


 今の会話にしても、もしかしたら彼方関係から記憶を探れるのか……??


『焦るなと言ったはずだ。……とりあえず、今日は寝ろ』


 俺独りでぐるぐる考えている中、白叡の面倒そうな声で一気に現実に引き戻された気がした。


 ……まぁ、俺もいろいろ盛りだくさんな一日で疲れたしな。

 でも、寝てる間とか襲われたりしないか?

 一番、油断……というか襲われたらどうにもならないシチュエーションだよな??

 襲うなら今!! みたいな状況に危機感を覚えるの当然だろう……だが、


『何のためにオレ様が居てやってると思っているんだ?』


 白叡の高飛車発言(溜め息付き)──…

 いや、頼りにしてる! もちろん寝てる時以外でも、だ。


 むしろ、今の俺の命運がかかっているのだから……ん? 待てよ??

 それは、ずっと一緒ってことだよな……白叡と。


 ……なんだかプライベート丸見え?


 すでに考えていることまで筒抜けなんだから…今更って気もするが……それでなくても気になることは多々ある。

 だが……


『安心しろ。普段は休眠している…もちろん妖気を察知したら起きるがな。……お前は普段どおりに過ごしてくれ……』


 あ、もう眠そうな雰囲気か……?


 ……にしても。

 左手に妖怪が入ってるなんてのは、なかなか出来ない経験だ。いろんな意味で気になって、普段どおりというのも……


『左手は出入口なだけだ…──もう、オレ様は寝るからな……』


 そう面倒そうに“寝る宣言”をすると、そのまま声が止んだ。


 彼方が貸してくれた、小さいけど高飛車で話好きなイヅナの白叡。


「……おやすみ、白叡」


 そして

 これからよろしく──

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